99日目 河原者日記「石と缶コーヒー」

仕事終わりに時間が出来たので、車で少し川に降りた。

なんとなくそのまま家に帰るのが嫌になってしまったから、河原であったかい缶コーヒーでも飲めば気が晴れるような気がして。

河原に車をとめて、上の道路で見かけた自販機のところまで歩く。かわいいお母さんグマみたいな絵がついたホットココアとぎりぎりまで迷ってやっぱりコーヒーにする。

びゅんびゅん通り過ぎる車が途切れるのを待って急いで道を渡り、ふたたび河原に降りる。

寒くて曇り空なので人はまばら。向こう岸に何台か連れだって遊びにきたような車がとまっているけれど、こちらの岸は静まりかえっている。

橋の下と、はるか遠くの方にもう住み着いているかのように静かな、車のそばに張られた一人用らしきテントと、タープを張り出したキャンピングカーとがそれぞれあるきりで、外に人の気配はない。

片手に缶コーヒーの熱を感じながら、先住の人達の邪魔をしないように、それらの野営基地の前を歩く時は十分におおまわりして静かに歩いた。

水のそばに腰かけてコーヒーを飲む。

流れはゆるやかで時々魚が跳ねた音がして白い小さなしぶきが上がるのが見える。

水面すれすれを羽をひろげて大きな鳥が飛んでゆく。滑空する時、水面に羽が映りこんでかっこいい。

空になった缶を片手に河原を歩く。しゃがみこんで石を拾う。あの石も、この石も。すぐ片手いっぱいになってしまってどうしたものかと立ち止まる。ショルダーバッグを探ると仕事で使うと思って入れてあったビニール袋が出てくる。

でかした、持ってるじゃない、と嬉しくなりその中に石をじゃらじゃら入れる。そのまま歩いてはしゃがみ、歩いてはしゃがみして、気の済むまで石を拾った。

ほんとはどの石もどの石もかっこうよく見えてきて、石ってなんでこんなにひとつひとつ全部かっこいいの!と興奮スイッチが入ってしまい全然気が済まなかったけど、どんどんビニール袋が重くなって、向こうの方から河原に降りてきたバイクの音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきたのを潮時に、車に戻った。

車を運転して帰る道すがら、どうしようもなくトイレに行きたくなった。時を忘れた石拾いで冷やした体に、寒い河原で飲んだコーヒーが効いてきたらしい。

やだよー、もう、やだ。もれるー。はやくはやく。家に着かせてー。と顔をしかめながら車を運転する。

やーっと着いて足早に家に入ろうとするとガスの検針のおじさんに、にっこり「こんにちはー。今、ガスの点検中でーす。少しの間だけガスが止まりますからねー。」とやや遠くのガスタンクの影から話しかけられる。

いやいや、今、ガスとかどうでもいいー、はやく、家に入らせてー。

ようやく家に入って用を足して、ああそうだ、とひらめく。

今度からつんけんイライラしている人や、こちらが明るく話しかけているのに、ふんっ!みたいな態度の人を見たら、ああ、きっとこの人は必死に隠してるけどたぶん今おしっこもれそうなんだわ、と思うことにしよう。

私だってもれそうな時はいちいち人にやさしく対応してる余裕ないし、逆に自分がもれそうじゃない時にもれそうな人がいたらそっとしておいてあげようと思うもの。

そう、つんけんされてくさくさして川に向かったんだっけ、と、ことの顛末を思い出す。

とってきた石を全部洗ってひとつひとつ拭いて、ペーパータオルの上に並べ、乾いていくさまを眺めまわしているうちに、だんだん満ち足りた気持ちになってすべてがどうでもよくなった。  

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