2024/09/21 ポエジーをあなたに

昨日の日記のタイトルが「鶏油をとりだして」とした。作者の意図は読めただろうか。
鶏油には鶏の出汁が含まれている。「とりだして」が見事「鶏だし」とかかっている。そんな言葉遊び。

ここのところ、明け方まで眠れていない。ときたまこういう時期はやってくる。いままでどんなときにこの傾向が表れただろうかと過去に思いを馳せた。そこで第一に思い出したのはやはり大学の卒業論文を書いていたころだ。
まじめな私は早々に単位をすべて取ってしまった。卒業論文の単位以外は、趣味っぽい授業をとっていた。宇宙概論みたいなのをとっていた。これは完全な趣味である。面白そうだからとっていた。
それ以外はたぶん何も取っていなかったんじゃないかな。
卒業論文を書きながら、私はなんとなくお笑いっぽいなと思いながら書いていた。自分の考えたことを読み手に伝える。それの究極系のようなものが論文だ。日本語しか喋れない、書けない私は、日本語の論文しか書けない。
日本語を読み書きでき、読む気がある人には理解してもらえるように理論に隙がなるべく無いように情報を集め、伝える。美しい。

お笑いもそうで、聞こうと思う人には理解できるような台本でなければいけない。私はなまじっか大学に行ったものだから、理論でお笑いは攻略できないかと考えてしまう。頭でお笑いをやろうとしている。それが私の伸び悩みの理由の一つだろうとはわかっている。分かっちゃいるけども、三つ子の魂百まで。長い人生において、20歳なんか三つ子であろう。

関係ない話になった。卒業論文を書いていたころは、日が沈むくらいから教授の部屋にひきこもって論文を書いていた。学部学科の部屋はあるのだが、大学生の時分から、大学生のテンションにうまくなじめなかった私にはそうするしかなかった。
教授が退勤した19時くらいから5時くらいまでパソコンや参考文献とにらめっこ。4年生の後期は、私と似たような人種と連れ立って、沖縄料理の「てんぷら」を食べに行って、帰宅して寝る。そんな感じだった。
知っている人は知っているが、私は半年の留年をした。留年をしたことで友達の多くが姿を消してしまった。いよいよ私は一人だった。
夕方から教授の部屋にこもり、深夜になると帰宅して、酒を飲みながら論文を書く。ラジオでTBSラジオのジャンクを聞いて、明け方になったら日が昇るまでウォーキングをして、スーパーで買い物をして帰る。こればっかりだった。
あの頃が一番、生活リズムが乱れて、夜に寝ようと思っても眠れなかった頃だ。

この大学生時代の話って、日記で何回書いたのだろう。でも、楽しかったんだな。
自分の限界を知って、自分の愚かさを知って、自分が何を好きなのか気づいて。いろいろな人との出会いから何からで人間として成長した時期だった。
鬱屈した生活だったが、今になって思えばとても価値ある時間であった。あのときにああしておけばよかった、あそこに行っておけばよかったと、あそこで大いに後悔したから今をよりよく生きられるのだな。

ふるさとは遠きにありて思うもの。物理的な距離、時間的な距離、遠くにあるものは良く思えるもんだ。
この感覚はSuperflyの「愛をこめて花束を」の歌詞で学んだ。きれいなものは遠くにあるからきれいなの、いい歌詞だなあ。

今日の日記はポエジーである。それはなぜか。何もしていない日だからだ。
昔を懐かしんで文字数を埋める、私の常とう手段だ。小学生時代の読書感想文なんかもこういった方法で乗り越えた気がする。

明け方に眠ったから、昼過ぎに目が覚めた。そこからだらだらして、夕方からウーバーをちょっとやって帰ってきた。
人間がだらだらするのは、猿の時代の名残だと、偉い先生がおっしゃっていた。最新生物学によると、生物とは眠っている状態が普通で、起きていることが本来的でないとのことだ。おおいに眠ろうではないか。

今日面白いと思ったことは「でも、中学生のころから夜更かし人間だったから、私は明け方まで起きているのがあっているのかもしれない。」

こんなつらい人生。ここに空き缶を置いておきます。