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【小説】「あなたの一番好きな私立恵比寿中学の曲は?」

私は突如聞かれたこの質問に、うまく答えられずにいた。私立恵比寿中学(エビ中)は女性アイドルグループで、持ち曲は100曲以上。その曲達の評判は業界内外で非常に高い。自分も長らくエビ中を応援し続けてきたので、好きな曲なんて星の数のようにある。

音楽というものは自身のメンタルや経験によって感じ方も変化するので、一番好きな曲なんて定期的に変わるものだ。特にエビ中は楽曲の幅が広いがゆえに、この変化が起こりやすい。どうしてこのような難しい質問を・・・。

とりあえずサブスクで曲が聴けるアプリを開き、自分が作ったエビ中のマイリストを眺める。しかしそのプレイリストは普段シャッフルして聴くものなので、そこに順位は存在しない。エビ中自身が横一列と言ってるのに、どうして楽曲に順位を付けないといけないのか、と改めて思う。

埒があかないので私はエビ中のライブに参戦した時のことを想起した。ペンライトの輝きやエビ中の表情とともに、あらゆる楽曲がフラッシュバックする。「放課後ゲタ箱ロッケンロールMX」では飛び跳ねたし、「いい湯かな」では涙した。「永遠に中学生」では左にいたオジサンとは肩を組み、右にいた女性とは組まなかった。それぞれの曲にそれぞれの思い出が付加している。矛盾してるような表現だが、どれも最も好きな曲の一つである。

そんなとき、私はエビ中が参加したフェスに参戦したときのことを思い出した。地方に住む私にとっては初めての東京遠征で、節約のために深夜バスを利用。酔いやすい体質な私は常に目をつぶり、イヤフォンから流れる曲にずっと耳を傾けていた。その時特にリピートしていた曲が、当時発売されたばかりのシングルに収録されていた「キャンディーロッガー」だった。他に収録されていた曲はすでに先行配信されていたが、この曲だけはCDを購入して初めて耳にすることができた。当時幼かったエビ中とギャップを感じるようなクールなロック。私は初めての深夜バスでの不安を、キャンディーロッガーにかき消してもらっていた気がする。

この曲を聴く度に、あの遠征のことを思い出す。もしかしたら、この曲こそが自分にとっての一番なのかもしれない・・・。

私はスマホを手に取り、空白の部分に「キャンディーロッガー」と入力した。

すると返す刀でメッセージが表示された。

「秘密の質問の答えが間違ってます。セキュリティ維持のため、今後8時間は設定の変更ができません。」



いつもキレイに使っていただき、ありがとうございます。