嫌いな音
黒板を爪で引きずる音は、みんな嫌いだろう。
けど、それと同じくらい、咀嚼音が嫌いだ。食卓では、毎回親父に
「クチャクチャ食べるな」と言ってしまう。
好きな食べ物はそばで、一人でよく食べに行くのだが、咀嚼音が店内に響いていることが多々ある。そばをズルズルとすする音は、聞いていて不快にならない。むしろ、そばをすすって食べると美味しく感じて、すすって食べていない人に対して、「蕎麦はすすりましょうよ」と言いたくなる。
僕は、普段エッセイのネタ探しとして、聞き耳を立てている。気になったことがあると、つい他の人の会話を聞いてしまう。気なることがあったら、それに集中してしまう。
いつものように、蕎麦屋に入ると、隣には老夫婦が座っていた。
その時の、おじちゃんは、今までの人生で一番咀嚼音がすごかった。
もはや、何を食べているのかわからない状態だった。音を一回気にすると、なかなか離れない。
苦手な音が脳内に響いている。
食欲が無くなっていく。一度、箸を止めた。
自分の脳内では、もはやライブ状態。おじちゃんDJがガンガンに咀嚼音を流している。
そんな想像をしていると、おじちゃんは、やっと食べ終わった。
僕は、一安心したが、甘かった。これは、咀嚼音のライブ。ライブには、アンコールはつきものだ。爪楊枝タイムが始まった。
咀嚼音ではないが、あの「チッチ」という音も、苦手な音だ。
そんなに食べていないのに満腹だった。僕は、目で舌打ちをしているかのように、そのおじちゃんを見た。
すると、おじちゃんは、僕を見てニコッと笑いながら頷き、会計へと行った。
最近、ユーチューブでASMRというものをよく見かける 。韓国人が、食べ物を食べるだけの動画があり、ただ咀嚼音を聞くような地獄のような動画だ。
後日、友人にASMRの動画を見させられた。なぜか、ASMRの咀嚼音は耐えられることがわかった。その時、蕎麦屋で僕に頷いたおじちゃんの顔が頭をよぎり、「あの音は無理」と思い、苦い顔をした。
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