見出し画像

第22話 ことばにならないことば

朝、目を閉じながらふといつもと違う何かを感じる。

明るいな。

ふと目を開けて時計を見ると、8:30。

「あれ、藤佳?」

目を開けるといない。

心臓がドキッとして思わず飛び起きる。

しかし、藤佳は寝相が悪かっただけのようで、私の足元で床に転がって寝ていた。

「なんだ、びっくりさせやがって!」

小さな声でつぶやき、それから藤佳の頭に人差し指をチョンと当てた。



我が家では買い物は1週間に1回しか行かない。

毎週土曜日に旦那と一緒に少し離れた大型スーパーに車で行くのだ。

しかし、今日はいない。

というのも、どうしても土曜日出勤しなくてはならなかったみたいだ。

そんなわけで大きな買い物は明日にして、今日必要な最低のものを歩いていけるスーパーで調達する。

「今日はちょっと暑いぐらいだね」

ベビーカーで移動するにはそんなでもないが、スーパーで邪魔にならないようにと思って抱っこ紐で来ると結構暑い。

「タッチ!タッチ!」

最近タッチすることにハマった藤佳は、電柱とか葉っぱとか気になるものを”タッチ”と触りたがる。

葉っぱぐらいならいいのだが、あんまり綺麗じゃないものも触りたがるので私としては少し困っている。

「こんな小さな赤ちゃんにも、自分の考えってのは存在するねんなぁ。分かるか?」

「で、どうしてルソ夫がついて来るのよ」

「え、そんなこと言う!?」

どういう訳か、「今日は気分が乗るなぁ」とか何とか言って勝手について来た。

「自分の考えはいいんだけど、どこでもかしこでもタッチされたらそれは困るでしょ」

「これもこだわりの一つや。しゃあないで」

「まぁそう言われればそうだけど…」

「こだわりと言えば、アンタこの前の藤佳ちゃんとボール遊びしとった時やな、多分気付いてないけどワシにはこだわりが見えたで」

ボールを押し入れから出してすぐは散々遊んでいた。

最近はボールがある環境に慣れて少しずつ落ち着いてきたが、それでもよく遊んでいる。

「んー、前はよく投げて遊んでたけど、最近はそれよりも手に持ってウロウロしてることが多いのかな?」

「…ええ線いってるけど惜しいな」

「おっ!惜しい?」

思いつきでパッと答えてみた割には、良い返事が返ってきた。

「半分正解やな。でもここで答え言うてまうのもなんやし、もうちょっと考えてみ」

いつも目にしているのだろうが、案外記憶には残っていないものだ。
とっても難しい。

「ボールが関係してるって事だよね?」

「せや」

お店に入ったので周りに変な人だと思われないように、ここからは少し小さな声で話していく。

「…ヒントを下さい」

「ほぼ答えになるから嫌やけど、ボールって全部同じもんちゃうやろ?」

「うん。色が違うね」

「…」

「好きな色があるとか?」

「やっぱり気付いてへんかったな。藤佳ちゃんが手に持ってウロウロ歩いてるのは必ず青のボールやで」

「ってことは、青色が好きなんだね」

「これもこだわりやろ?」

「えー。今度見てみよー」

そんなこだわりがあったとは驚きだ。
全く気付いていなかった。

「そうやな。藤佳ちゃんみたいな小さな子でも色々思ってんねや」

「そうねぇ」

「ここからが面白いねんけど、それって上手く伝えられへんやん?」

突然ルソ夫の授業が始まった。
こんなところで話し出さなくても。

「そりゃあ話せないからね?」

「だからその伝え方をこっちで教えてたるねん」

「この話家に帰ってからじゃダメ?」

「どうせ買い物してる間は耳がおやすみしてるんやから、時間がもったいないやろ?」

そんな事はないと思う。
というのが、私の正直な意見だ。

「それで、それはどうやってやるわけ?」

「まあまあ焦ったあかん。ゆっくり話していくで」

ルソ夫はそう言うと、冷凍のショーケースの前を通った時に取ったアイスクリームを私の押すカートに放り込んだ。

「はい」

「ワシの昔の教え子でとっておきのやつや。あれはええお母さんやったなぁー。気軽に誰かに教えたあかんで」

「うん」

「例えば、街歩いてたら色んなもんあるわな。その人は光に注目してん」

「光?」

「せや。赤ちゃんは光に目が行きやすいからな」

「ふんふん」

「ほんでな、その人は最初に信号を『ピカピカ』って教えてん。で、ここからが大事やねんけど、『ピカピカ』言いながら手をグーパーグーパーしてん」

「光ってるのを手の動きで教えたわけね?」

「ワシはええな思て見とってんけどな。今度はその人の母親やからおばあちゃんやな。そのおばあちゃんが散歩してた時にクリスマスツリー見つけて『キラキラ』って教えてん。しかもドアノブ回すように手をクルクルひねってな」

「それ見てワシ腹立ってん。『何してんねん』と。『ピカピカとキラキラが頭の中ごっちゃごちゃなるやろ』と」

「それ聞こえてないけど言ってみたってやつでしょ?」

「まぁな。それはええねん。そんな事があってしばらく様子見とったら、子どもが両方使いだしてん」

「えぇー。ピカピカとキラキラ?すごいね!」

「信号機は『ピカピカ』、パチンコ屋の電光掲示板は『キラキラ』とかな。声には出さんでも手でやりよんねん」

「すごいね。うちの子ならテキトーにやりそう」

「いや、別に日によって入れ替わってええねん。自分かてチョコ食べたいと思う日もあればおかきが食べたい日かてあるやろ?」

「今はケーキが食べたい気分」

「せやから、毎回同じに感じる必要はないねん。その時感じた事が伝えられたらオッケー」

「こんなに小さな子とコミュニケーションが取れるって、考えたらなんかすごいね」

「そう。これ結構面白いから真似してみてや」

「そうだね!帰り道に早速やってみようかな!」

「いや、その前にまずは『ちょうだい』とか日常で使う言葉から教えた方がええな」

「じゃあ最初からそう言ってよ!」


32.行動と言葉を結び付ける

頂きましたサポートは事業の運営に使わせていただきます。