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第10話 ポイポイ怪獣との戦い

今日も頭元のガサガサ音で目が覚める。

時計を見るとあと少しで6時。

ここ最近は決まった目覚めの時間だ。

「おはよう。今日も藤佳は早いねぇ」

そう話すや否や、もう次の瞬間のことは覚えていない。

一瞬にして私はまた眠りについていたようだ。



突然後頭部に痛みが走る。

「あっ痛い!」

痛みの原因はすぐに分かった。

藤佳が私の髪の毛を引っ張っているのだ。

赤ちゃんとは言え、力は強くてかなり痛い。

眠気なんて吹っ飛んでいくぐらいの勢いで引っ張ってくる。

世の母親は大変だとつくづく感じるもんだ。

「藤佳痛いよー。やめてね」

眠くて辛いなか起き上がり、藤佳の目を見て優しく話しかける。

寝起きと痛みで歪んだ顔はひどいものだっただろう。

でも自分の顔は自分では見ることができないから、この顔がどんなにひどいかを知っているのは目の前藤佳だけだ。

ところが、藤佳は楽しそうに笑う。

私が怒っている事なんてぜーんぜん気にしていない。

「まったくもう」

藤佳の手を振り払うと、藤佳は私の足元へ移動していった。

良かったとひとまず安心し、再び目を瞑る。

しかし、1分ぐらいすると髪の毛を引っ張りにまた戻ってきた。

「藤佳痛いってば。やめて!」

だんだんイライラが溜まってきて、大人気なく語気が強くなっていく。

そしてきた3回目。

「もぉー!分かったよ起きるよ」

何でこんな早い時間に起きなきゃならないのか。

母はゆっくり寝ることもできないのか。



朝食を終えた藤佳は一人で遊んでいる。

と思いきや、今度はおもちゃを投げ始めた。

さらには階段のゲートの隙間に手を入れ、下の階へおもちゃを落としては私の顔を見て笑う。

リビングと階段には「カン、カン、ガランガラン」というおもちゃが落ちる大きな音と、藤佳の「ぱぁー」という声の2つが響きわたっている。

「ぱぁー」は「ポイ」のつもりか?
だいぶ言葉が出てきたな。

いや、今はそんな事に感心している場合ではない。

階段の床は傷つくし、おもちゃも大事にしてほしい。

私は藤佳を抱え上げた。

「ポイポイはいけないよ。ダメだよ」

それでも藤佳は笑う。

私は藤佳を睨み、大きな声で再び同じ事を言った。

「ポイポイいけない!ダメ!」

全く怯む様子がない。
これでも効果がないみたいだ。

しかし藤佳を下ろすと、またおもちゃを投げ始める。

仕方なくおもちゃ取り上げると、悲鳴と共に大泣きが始まった。

「キャーーー!」

悲鳴を聞くとイライラてしまうのでおもちゃは藤佳に渡し、もうダメだと思った私はキッチンまで彼を呼びに行った。

「もーいやー!!ルソ夫ーー!!!!」

私が叫ぶと同時にすぐに戸棚が開き、全てを知っているように彼は話しだした。

「まぁまぁ落ち着き。とりあえずこれでも食べ」

そう言ってどこから持ってきたのか、自分の食べかけアイスクリームを差し出した。

「だって、だって」

「ええから口開けんかい。ほら!」

言われるがままに口を開けると、その中にアイスを放り込まれる。

「どうや、落ち着いたか?」

「こんなので落ち着くわけないでしょ!」

と言ってみたものの、結構今ので落ち着いたような気もする。

冷たくて甘いものを食べるって結構ストレス解消になるのかもしれない。

「藤佳ちゃんが言う事聞かんのか?」

「うん」

「おもちゃ投げるんか?」

「うん」

「しゃあない奴ちゃな。助けたろ」

そう言うと、私に差し出したスプーンは洗えとばかりにシンクに放り、新しいスプーンを出してまたアイスを食べ始めた。

「藤佳ちゃんはおもちゃを投げるのが楽しいんちゃうで。投げたらギャーギャー騒ぎ出すアンタを見るんが楽しいだけや」

「見るのが?」

「そう。投げた後にアンタの顔をチラチラ見とったやろ?アンタが怒った顔して、『いけない!』とか『ダメ!』とか言うのが藤佳ちゃんは楽しいんや」

「そんな… 親として躾けるのが義務なのに」

「注意したところでなんでアカンかまでは分かってないんやから、無視したええねん。」

「無視?そんなんでいいの?」

私が色んな人から子育ての話を聞いてきた中では、無視するのは1番良くない事だとされていた。

なのに、まさかそれがルソ夫の口から出てくるとは。

「ええねん。目も合わすな。あれは悪ノリやから相手したらアカン。悪ノリに油を注ぐだけや」

完全に私の空回りだったということだろうか。

一生懸命注意していたのが無意味な行動だったのかと思うと、虚無感に襲われた。

しかし、ルソ夫はそんな私の姿は全く気にしていないようだ。

自分の話が終わると
「ワシは昼寝したいからほんならな。カシが1つや」

そう話して自分の寝床へ戻っていった。

そしてバタンと戸棚を閉めたのかと思えば少し開け、
「せや。階段に投げるのはアンタが洗濯物放ってる真似やから、まずはアンタがやめなあかんで」

それだけ呟いてまたバタンと戸を閉めた。

「ぐぬぬ」

そんなところまで見られていたとは。

再び藤佳の方に目を向けると、おもちゃを手に取って笑いながらこっちを見ている。

「その手には引っかかるか」

心の中でそう思いながら目も合わせずに朝食の皿洗いを始める。

その後4回はおもちゃを投げていたが、目も見ない私に向かって両手を振ると、テレビの方へと向かっていった。

「はぁ」

どうやら私と藤佳の戦いはこれにてひとまず終わったらしい。

朝起きてからたった1時間ちょっとの事だったが、まるで丸一日過ごしたかのように長く感じられた。

14.イライラしたらアイスを食べる
15.悪ノリには関わらない
16.子どもの良くない行動は自分の行動と照らし合わせてみる

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