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78rpmはともだち #14 ~E.クライバー シューベルト『未完成』~

1948年にLPが発売されるまでの音楽鑑賞ソフト(音盤)であった78rpmについて綴るシリーズ。
今回はシリーズ2回目の登場、エーリヒ・クライバーによるフランツ・シューベルト(1797-1828)の『交響曲第8(7)番 ロ短調 《未完成》』を。
冬の到来に合わせてこのロマン派初期の傑作、名(迷)作を1934年録音の78rpmで。

エーリヒ・クライバー

エーリヒ・クライバー(Erich Kleiber, 1890年8月5日-1956年1月27日)のプロフィールや音楽性については、以前このシリーズの『番外編』でモーツァルトの『交響曲第38番 ニ長調 《プラハ》』の【ターンテーブル動画】と共にご紹介したので、そちらをご参照いただきたい。

シューベルトの《未完成》

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シューベルトの《未完成》は、交響曲史上にその名を刻む名曲と言われている。

もちろん、それは曲自体(旋律、和声、楽器法)が素晴らしいからだが、それに加え、この31歳で亡くなった薄幸の作曲家のイメージと曲の分かちがたい結びつき、そして、本来4楽章制であるべき交響曲が、前半の2楽章だけで何故か終えられている謎が、聴く人の興味を惹くからであろう。

何故、第2楽章までしか書かれなかったのかは諸説ある。最もよく言われてきたのは「第1楽章も第2楽章も3拍子で書かれたので、本来3拍子のスケルツォが置かれる第3楽章の居心地が悪くなって放棄された」という説だが、前半2楽章を3拍子で書いたら、そういう結果を招くことになることは、作曲家自身がわかっていたはずだから、どうも説得力が弱い。
しかし、ここで原因究明をするつもりはない。

それよりも気になることがある。
それは第1楽章と第2楽章のテンポ表示だ。

《未完成》は、第1楽章「アレグロ・モデラート(ほどよく速く)」と第2楽章「アンダンテ・コン・モート(歩くような速さで、動きを付けて)」から成っている。
しかし、「ほどよく速く」と「歩くような速さで、動きを付けて」の違いが何なのかを言葉で説明するのは難しいし、この2つの楽章を続けて聴いた時、聴感上、その速さ(遅さ)の違いを聴きだせない。
普通、交響曲にあるべき「急」-「緩」のコントラストが全くない
だから、聴き様によっては変化に乏しく、「飽きるのではないか?」と思うかと言えば、決してそんなことはない。
この2つの楽章のテンポと並べ方は「やはりこうあるべきだ」と納得できてしまう不思議・・・。

同じことはこの後に書かれ、そちらは全4楽章で完成した《ザ・グレート》にも言える。
演奏に60分近くを要するこの大交響曲の4つの楽章もテンポの点では変化が乏しいが、最後まで聴かせてしまう魔法を持ち合わせている。

シューベルトからブルックナーへ

実はこのテンポの魔法は、シューベルトから彼が亡くなる3年前に生を受けたアントン・ブルックナー(1824-1896)に受け継がれている。

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そもそもこの二人の音楽には大きな共通点がある。
それは「息の長い旋律」だ。いつ終わるかわからないかのように辛抱強くメロディーを紡いでいき、徐々に頂点へと向かっていくという手法。そこに辿り着いた時の解放感は得も言われぬものだ。
さらに言えばこの手法は、シベリウスの第2番以降の交響曲にも使われている。

ブルックナーの『交響曲第7番 ホ長調』は、彼の残した交響曲の中でも、特に美しい旋律が際立つ作品。この第2楽章はまさに「息の長い旋律により粘り強く頂点を目指す」の典型だろう。
この第2楽章は「非常に荘厳に、そして非常にゆっくりと」と作曲者本人が楽譜に演奏指示をしている。
一方、それに先立つ第1楽章は、《未完成》の第1楽章と同じく「アレグロ・モデラート(ほどよく速く)」 と指示されている。
しかし、実際に第7番の多くの演奏を聴くと、第1楽章と第2楽章のテンポは、この指示ほどの違いがあるようには思えない。
ただ、後半の第3楽章、第4楽章と比較して、前半2楽章の聴き応えは明らかに高く、この連なりを聴き、自然、宇宙、形而上学的なものへ思いを馳せるのが、ブルックナーを聴く醍醐味のように思う。

よく言われていることだが、ベートーヴェンが橋渡しした古典期からロマン派への交響曲の歴史は、2つの潮流に分かれていった。
ひとつはメンデルスゾーン&シューマン~ブラームス、もうひとつがシューベルト~ブルックナーの流れである。

1930年代、2つの《未完成》

話をクライバーの《未完成》に戻そう。
クライバーの78rpmが録音された2年後の1936年、もう一つの《未完成》の名盤が録音された。ブルーノ・ヴァルターウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した78rpmだ。

名称未設定のデザイン (47)

情緒を重んじた感傷的なワルターの音楽と較べ、クライバーのそれは彼の音楽性の特徴でもある格式を持ちながらも、簡単には情に流さず、テンポも一定して速めに設定されている。

ユダヤ系ドイツ人であるヴァルターは、ナチス政権となるとあからさまな妨害、殺人予告などを受け、1938年にオーストリアがドイツに併合されるとウィーンへ移住した。
よって、この36年の《未完成》は、その微妙な、緊張が高まる時期のヴァルターの心の声が吐露されている、と言えるかもしれない。

一方、クライバー自らはユダヤ系ドイツ人ではなかったが、妻はユダヤ系であったため、ナチス政権が樹立した後、身の危険を気にかけていた。そして翌34年11月にベルクの『ルル交響曲』の初演禁止令が直接の要因となり、1935年夏、ザルツブルク音楽祭出演後、妻、息子のカルロスや娘とアルゼンチンへ移住した。
クライバーにとってもこの《未完成》は転機、危機のさなかに録音されたものということになる。

ターンテーブル動画

エーリヒ・クライバーとベルリン・フィルによる、1934年5月録音のシューベルト『交響曲第8番 ロ短調 《未完成》』の78rpm。
これを1,600円という破格値で購入した。
美盤とまではいかないが、クライバーの音楽づくりを十分堪能できるコンディション。

ご堪能あれ。



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