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くらげちゃんのおへそ

これはくらげちゃんへのラブレター

くらげちゃんは守ります
くらげちゃんはちくんとさします
くらげちゃんはゆらゆらと流されます
くらげちゃんは時々進む方向を決めます
くらげちゃんはすすむときはまっすぐです
くらげちゃんはいろいろな手をもっています


ここは深海
あの人が陸から戻ってきました

「くらげちゃん ただいま〜」

「おかえり おねいちゃん みんなにはあえた?」

「うん会えた会えた 幸せそうに眠ってたわ〜
あーそうそう もみの木くんにもあったわよ
相変わらずの仏頂面で いっぱい背負い込んで立ってたから
(そんなんじゃ とりも りすも これやしないよ)っていってやったわ」

「あははは、おねいちゃんにいわれたら たじたじだね」

「どうだかね、あれは半端な自意識じゃあないから
あの時から数十年、一度も泣くことなく立っていたんだから
あの時の全てを勝手に自分で背負い込んでね」

「へぇー たいしたもんだ」

「全然たいしたもんじゃないわよ くらげちゃん
そんなこと誰も頼んじゃいないんだから
泣かなきゃだめなのよ 泣きたいんだから ほんとは
もう根本から折れそうなくらい 背負い込んだものを重くしてるんだもの」

「そっか ぼくといっしょだ」

「そう くらげちゃんといっしょ、優しいの 悲しくなるくらい優しいのよ」

ここは深海の とある場所
透明な屋根のようなものに覆われた深い深い海の底
くらげちゃん
と呼ばれた子がこの透明な屋根
大きな大きな くらげです
そのくらげちゃんはいまもどんどん
大きく 広く かさをのばしています
その透明なくらげちゃんの かさのしたには
たくさんの たましいが 穏やかに過ごしています

小さな女の子のたましいが かけよってきました

「おねいちゃんおかえり〜 おみやげは〜?」

「あら しずちゃん ただいま ほーら どんぐりの実よ」

「わーいわーいどんぐりだー ありがと おねいちゃん」

しずちゃん と呼ばれた その小さな女の子のたましいは
うえを見上げて言いました

「くらげちゃん みてみてー どんぐりだよー
うれしいなー うれしいなー あのときなくしちゃったから
しずこはずーっとかなしかったんだー」

そう言ってからすぐに
「あ!でもね!かなしいのはすぐにちいさくなったんだよー
だってくらげちゃんがずーっといっしょにいてくれたから」

と言いました
くらげちゃんは透明で大きなかさをゆらして笑いました

「しずちゃんはやさしいねぇ 
だいじょうぶだよ
ぼくもしずちゃんといっしょにいられてたのしいよ」

「ほんと? くらげちゃんもやさしいねぇ」

ふたりの会話をくすくす笑いながら聞いていた
おねいちゃん とよばれたたましいは
しずちゃんとくらげちゃんが出会った頃のことを思い出していました


あの日あの時 
わたしとしずちゃんは いえほかにもたくさんの生き物が
気がついたらたましいになっていて
ぷかぷかとこの海に浮かんでいたんだわ
わたしはびーびーとなくこの小さな女の子に困りはてて
何度も離れようと思ったんだけど
この子はちっともわたしから離れてくれなくて
「おかあさんおかあさん」ってなきながら私の後をついてきたのよね
わたしもまだたましいになったばかりで
うまく海の中を動けなくって
しかたがないからふたりでいっしょに浮かんでいたわね

耳を澄ますといろんなところから いろんな声がきこえたり
わたしたちの前をいろんなたましいが通り過ぎたけど
わたしはくたびれちゃって なーんにも覚えていないし
なんかどれもかれもどうでもよくってね
ただただ身を任せられる波が心地よくて ありがたかったわ

この小さな子もそのうち泣きつかれて静かになるでしょうって思って
わたしは眠ることにしたんだわ 
だってとってもくたびれていたから
ラッキーだったのは
わたしがどこでもどんなにうるさくても眠れるひとだったってことと
たましいはお腹が空かないってことだったわね

どのくらい眠っていたのかしら
大きな笑い声で目を覚ましたの
そうしたら目の前にね
さっきまで「おかあさんおかあさん」って泣いていた小さな女の子が
ケラケラコロコロと まるでぼおるが転がるように
海の中を動き回って ときには海の上にジャンプしたりしているのよ

よーくみるとね
その小さな女の子のそばには
透明なくらげが ついたりはなれたりしながら泳いでいたの
長い手足で女の子をくすぐったりつついたりだきしめたり
その小さな女の子のたましいはきゃっきゃとはしゃいで
それはそれはうれしそうだったわ

「くらげちゃんくらげちゃん こっちこっち」
ってケラケラコロコロ笑いながら
追いかけっこをしているみたいだった

みているわたしもたのしくなってきちゃってね
「あら〜 上手にうごけるのねぇ」
とおもわず手をぱちぱちとたたいたの

その瞬間ね
その小さな女の子のたましいはびくんと震えて わたしをみたの
コロコロ泳いでいた小さなからだが‘かしっ‘とかたまり
ケラケラ笑っていたかおがみるみるゆがんで 泣きだしたんだわ

そうしたら一緒にいたくらげがね
ものすごいいきおいでわたしのところにやってきて
そのたくさんのながーい手で私のことをぺちぺちとたたくのよ
ときどきちくちくさしたりしてね
たましいのわたしは痛くもなんともないんだけど
そのくらげちゃんからでている空気が痛いほど必死なのでね
あーこのくらげちゃんは守りたいのね
この小さな女の子のたましいを守りたいのねって痛いほど思ったの
わたしのからだは全然痛くないんだけど
わたしの心にくらげちゃんの想いがちくちくとささって
わたしもなんだか泣けてきてしまったの
たましいになる前
わたしにも守るものがあったような気がして
いえ、実際にはあったんだけれど
この時はすっかりくたびれてしまってすべてを忘れてしまっていたの
わたしもその小さな女の子のたましいに負けないくらい大きな声で
泣き始めたの
大きな大きな声でわーんわーんて泣いたの

そうしたら
わたしをぺちぺちたたいていたくらげがね
手を止めて 水がふるふると震えるような優しい声で
「ごめんなさい ごめんなさい」
ってい言いながら
そのいくつものながい手でわたしと小さなおんなのこを抱きしめたの
ぎゅーっと 
細く長い手で 細いけれども力強い暖かい手で
ずいぶん長いことくらげちゃんに抱きしめられながら
わたしと小さな女の子は泣いていたの

波の音が消えて
くらげちゃんのやわらかい息づかいと
透明な匂いがしてきたの
それはとっても穏やかで わたしはくらげちゃんのなかで
その小さな女の子のたましいを抱きしめたの
「ごめんね ごめんね」って言いながら

そうやってまたしばらく泣いていたんだけど
小さな女の子のたましいが 突然
大きな声で
「いいよぉー!」って叫んだのよ
それはそれは明るい大きな声でね 
そしてもういっかい
「もぉいいよぉー!」って叫んだ後
「おいかけっこしよー!」って叫んで 
わたしの手をとって泳ぎ出したの
わたしの体は小さな女の子のたましいにみちびかれて
ふわーっと動いたの とっても軽くなっていたのよ
くらげちゃんもわたしたちを追いかけてきたの 
みんなで一緒に海の底へ向かってゆっくりと深く深く進んでいったの

「しずちゃ〜ん そっちは暗いよ〜こわいよ〜」
くらげちゃんが追いかけながら叫んでいたの
「あなたのおなまえは しずちゃん?」

「うん しずこだよ おねいちゃんは?」

「わたし? えーと わたしは、、、、
おねいちゃんでいいわよ」

「うん おねいちゃん いっしょにいこうね」

「どこに?」

「みんなのところ」

「みんなのところって?」

「うん みんながさみしいよ〜って泣いているから いってあげなくちゃ」

わたしの手をさらに強くにぎりしめて しずちゃんはずんずんと
海の底へ向かって進んでいったの

「おーい おーい そっちは暗いよー 怖いよー」
くらげちゃんはそう言いながらもわたしたちの後をゆっくりついてきてくれたの

わたしとしずちゃんが海の底に到着した時
海の底はなーんにもないようにみえたのよ
だって真っ暗だったから

でもね くらげちゃんが到着した時
くらげちゃんのからだからでるほんのり暖かい光が
海の底を照らしたの
驚いたことにそこにはそれはそれはたくさんのこどものたましいがうずくまっていたの
泣いているたましい 眠っているたましい びっくりした顔でこちらをみているたましい
こどものたましいに寄り添うように いくつかの動物のたましいもいたわ

泣いているたましいの声はなぜかわたしには聞こえないの
でもしずちゃんはそのこのそばにかけよって
「大丈夫だよ もう大丈夫だよ ひとりじゃないよ」
ってひとりひとり抱きしめてあげていたの
わたしもそばにいるこからひとりひとり
「暗くて怖かったわね もう大丈夫よ」
っていって抱きしめたの わたしはまた涙がでてきたんだけど
きっとこれは忘れている記憶の何かがわたしに涙を流させるんだわと思っていたの

しばらくすると
それまでほんのりだった光がすこおし強い光になったように感じて
上を見上げると
くらげちゃんがたくさんの腕をめいいっぱい大きく広げて
まるで傘のようにわたしたちの頭の上を覆っていたの

「くらげちゃん どうしたの?」と聞くと 

くらげちゃんは傘の中心からキラキラ輝く水の粒を落としながら言ったの
「ぼくは知らなかったよ こんなにこんなにたくさんのたましいが
こどもたちのたましいが暗い海の底にいたなんて
海の上からお空へ昇っていくもんだとばかり思っていたんだ
そういえば昔お母さんが言ってたな
(悲しんでばかりいると暗い海の底へひっぱり込まれてしまうよ)って
みんなすっごくすっごく悲しかったんだね
だけどすやすや寝ているたましいの方が多いみたいだ
真っ暗だけど だけどここは地球のうえ
真っ暗だけど 地球にいちばん近い場所
真っ暗だけど すべてがあるところ なのかもしれない
だけど真っ暗はいやだよね
ぼくは決めたよ ここにいる ここにいてみんなを照らすよ」

またすこおし くらげちゃんの光が暖かく強くなって
くらげちゃんの傘が大きくなったような気がしました
くらげちゃんの言葉が深海の水をふるふると震わせ
くらげちゃんの中心からこぼれ落ちた水の粒が
泣いているたましいの頭にぽたりと落ちました

ここは深海のとある場所
大きく大きく広がったくらげちゃんが暖かく強く照らす 安らぎの場所
端っこが見えないくらい大きく広がったくらげちゃんの下で
今日もたくさんのこどものたましいが眠ったり 遊んだりしています
ひとりのたましいがくらげちゃんに語りかけます

「ここはとってもいいところだね
だけどぼくはお母さんに会いたいな」

「そうかい?それじゃあ お空にいくかい?」

「うん!くらげちゃん どうやったらお空に行かれるの?」

「大丈夫 この手にしっかりつかまって 準備はいいかい?」

「うん!いいよぉー!」

シュルシュルシュルシュル

「みんなー バイバーイ」

小さな男の子のたましいを抱いたくらげちゃんのながーい手が
海の上に向かって伸びていきました

「うわぁーまぶしぃー」

ぎゅっと目をつむる男の子のたましいに くらげちゃんの声が優しく響きます

「きみはもう大丈夫だね 大きく手を開いて おかあさーんて呼んでごらん」

男の子のたましいの手が大きく開いて
男の子のたましいの口も大きく開いて 
上に向かって お か あ さ ん
と動いたとたん
一筋の光が空に吸い込まれていきました


これはくらげちゃんへのラブレター

くらげちゃん 守ってくれてありがとう
くらげちゃん 包んでくれてありがとう
くらげちゃん 照らしてくれてありがとう
くらげちゃん だぁーい好きだよ

おしまい






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