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朝と夜の境目

地球さんとお喋りできる窓があるって知っていますか?
それは海のうえにあらわれます

朝と夜の境目の 海のうえにあらわれます

海が地球さんとわたしたちをつなげてくれるんです
ちょっと想像してみてください

朝と夜の境目の
全ての色の輝きの部分だけが集まり 
お互いの輝きを消し合っているような
そんな魅惑的な光が海のうえのにあらわれ 
それが海の底へと向かって伸びていきます
その朝と夜の境目の魅惑的な光だけが
ただ一筋
深い深い海の底へ とどきます

その光が海の底に触れると 
海のうえにまあるい鏡のような窓があらわれます
それが地球さんの窓です
地球さんはなにをお喋りしてくれるのでしょうね
もしかしたら
お喋りするのはいつも違う地球さんかもしれませんね

あるときはマグマの近くの地球さん
あるときは水源の近くの地球さん
あるときはプレートの上の地球さん
そしてあるときは地上のいろんな場所の地球さん

地球さんにもさまざまな顔があり
いろいろな思いがあるのかもしれません
喜怒哀楽
なんていうものもあるのかもしれません
地球さんは
どんなときに喜び
どんなことに怒り
どんな哀しみを持ち
どんな風に楽しむのでしょう

地球さんもくしゃみをしたり
思い出し笑いをしたり
スキップしたくなったりするのでしょうか

昔こんな話をきいたことがあります

ある日
初老の漁師がひとり海に漁に出た時
突然の嵐にあってしまいました
その初老の漁師は
全ての知識と経験をつかい
できる限り精一杯嵐に立ち向かいました

やがて嵐が過ぎ去り
静かな海にはは小さな舟とともに
疲れ切り生き残った初老の漁師が漂っていました

初老の漁師は自分が生きているのか死んでいるのか
わからないくらい疲れ切っていました
嵐の最中必死で舟にしがみついていたのが
遠い昔のことのように感じています

今 初老の漁師の目には
天上へ旅立った懐かしい顔が次から次へと浮かんでいます
祖父母 お父ちゃん 兄弟 仕事仲間 友人
初恋のあの娘 憧れた映画スター 
そして
最後に浮かんできたのはお母ちゃんでした

お母ちゃんはまだ旅立ってはいません
布団から起き上がることはできませんが
初老の漁師の帰りを待っているはずです
だからなのでしょうか
初老の漁師の目に浮かぶお母ちゃんは立ち上がり
大きな声で何かを叫んでいます
大きく手を振っておいでおいでをしています

そのお母ちゃんの後ろにふわっと何かが浮かびました
それはまあるい鏡のような形をした小さな窓でした
初老の漁師は目を凝らしそのまあるい小さな窓を見つめました
お母ちゃんの声がだんだん遠くなり
お母ちゃんのすがたが薄く透き通ってくると
その窓から暖かい音が聴こえてきました

初老の漁師は
「誰だい」と尋ねます

その暖かい音は声となりこたえました
(わたしは地球だよ)

初老の漁師は
とうとう自分は天に召されるのだ
だから最後に地球と話ができるんだと思いました

地球と話ができると知っていたなら
なんで嵐なんかを起こすんだい
とか
なんで地震なんかを起こすんだい
とか
たくさん文句を言ってやりたいと思ったのですが
漁師の口からおもわず出た言葉は
「ありがとう」でした

チッと舌打ちをした初老の漁師を笑うように
その窓から暖かい声が続きます
(よくがんばったね そういえば 魚たちが噂をしていたのは
きっとあなたのことだろう いつもいつも
ありがとう ありがとう と言いながら漁をする漁師がいる と
あなたは気付いていなかったかもしれないが
嵐に耐えている間中あなたは
ありがとうありがとう と叫んでいたんだよ)

『ありがとう ありがとう』
これは漁師だったお父ちゃんの口癖だ

お天道様にありがとう
穏やかな海にありがとう
その海からの恵みにありがとう
助け合いながら働く仲間にありがとう
仕事終わりの一杯の酒にありがとう
心おきなく仕事にでられるのはお母ちゃんのおかげだと
一日の終わりにはいつもお母ちゃんにありがとう

そんなお父ちゃんを奪った嵐のことが憎くて
一言文句を言いたい気持ちを抱えながら初老の漁師は
「オイラはこのまま天に召されるのかい?」
と聞きました

まあるい窓から聴こえるのはまた暖かい音
何度か尋ねてみたけれど 一向に声にはならず
優しい暖かい音だけが
初老の漁師の心に響いています

その時 朝日が顔をのぞかせました
それと同時にまあるい鏡のような窓はふわりと消えました

残された初老の漁師は 消えた窓の向こう側に登った朝日を見つめ
自分が生きている ということを確認し
舟を漕ぎ出しました

ただ広い海の真ん中から 確信をもって漕ぎ出しました

起き上がれなくなっても息子を思う心は変わらない
優しいお母ちゃんの待つ家に向かって力強く漕ぎ出しました

地球さんとお喋りができるなんて
素晴らしいことだと思いませんか
あなたの出会う地球さんはどんな音を聴かせてくれるのでしょうね

朝と夜の境目の海のうえ 幸運にも
まあるい鏡のような窓を見つけたら
是非とも喋りかけてみてください

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