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現地コーディネーター:第31話
モーターホームは砂埃を巻き上げながら閑散とした大地をぐんぐん走る。ひたすら真っ直ぐに続く赤土に囲まれた道を駆けるとまるで地球上に自分達しかいないような錯覚さえした。道の先には切り立った山々のシルエットが見え、その上を大きな鷲が舞っている。
デビッドは「ナバホ•ネーション」と記されたペンキの剥げた看板に一瞥をくれると、助手席に座ったエドウィンにこぼした。
「そう、この土地はオレ達のネーション(国家)なんだ。乗っ取られ、傷つけられ、アメリカに使い捨てられた国家」
デビッドはそう言うと突然シートベルトを外してアクセルを強く踏み込んだ。エドウィンは不安げにデビッドを見つめる。
「心配するな、ここからはアメリカの法律は適用外だ」
反対車線の向こう側に見える木造の掘っ建て小屋の前では、薄汚れた洋服に身を包んだ家族が折り畳みテーブルに手作りのジュエリーを広げて売っている。こんな僻地に誰が買いにくるのだろう。疲れきった表情の両親と、屈託無く大地を駆け回る年少の兄弟。
「あれは昔の俺だよ」
エドウィンはデビッドの方を振り向く。
「…ここに戻ってくるなんてな。不思議な気分だよ。やっぱり色々思い出しちまうもんだな」
やがてフランチャイズのファストフード店やスーパーがちらほら見え始め、ようやく街と呼べる大通りに差し掛かる。ガソリンスタンドに併設されたコンビニエンスストアの前では下着姿の中年男が裸足で入り口の脇に座り込み、茶色い紙袋に口を入れている。
「アル中、ヤク中、ホームレス。保留地へようこそ、だな」
大通りはすぐに全く舗装されていない田舎道に枝分かれした。でこぼこした赤土がむき出しになった道とも呼べない道にのりあげるとモーターホームは縦横に大きく揺れた。カズマの記憶によるナビゲーションだけを頼りにデビッドは住所の無い目的地に向けてハンドルを切る。
「あの煙突がある家の一個先の家だったと思う」
エドウィンは激しい揺れに酔いそうで、カズマの記憶が正しい事を祈った。煙突の家を過ぎると三百メートルほど先にトタン板でできた平屋が現れた。カズマの記憶は正しかった。
表情を少し強張らせたデビッドは、その平屋の前でブレーキを踏んだ。小屋の脇には丸太の電柱が一本だけ立っており、そのてっぺんにか細い電線が一本だけ張っている。
デビッドがクラクションを何度か鳴らすと程なくして白髪混じりの長髪を後ろに束ねた男が出てきた。深い皺がくっきりと刻まれた目尻と風格のある眼光が印象的だ。カズマは男の姿を見ると嬉々として車から飛び降り、駆け寄って飛びつくようにハグをした。
「Yaatee! しばらく見ないうちにずいぶんと変わったなあ。山火事にでもあったのか?」
カズマがキョトンとすると、男は屈託なく笑いながら続ける。
「その髪型だよ。どこかで燃えたんじゃないのか?」
相変わらずのとぼけた冗談にカズマは懐かしさも相まって大袈裟に笑い、その乱れた髪をかきむしりながらエドウィンを紹介した。
「これがジェフの息子エドウィン。エド、こちらがウィンドレイザー」
ウィンドレイザーという変わった名の男は、思慮深い真剣な表情でエドウィンの瞳を何秒か覗き込んだ後、突然ニコッと微笑んだ。
「初めまして。やっと会えたね。ジェフと同じ目をしているね」
エドウィンは照れくさそうに視線を泳がせた。視線の先にはまだ運転席に座ったままのデビッドがいる。ウィンドレイザーも釣られるようにそっちを振り向いた。目が合ってしまったデビッドは仕方なしに運転席から降りて、のそのそと三人の元に歩み寄った。
「Nice to meet you」
ウィンドレイザーはデビッドの差し出した握手を両手で抱えるように握ると、包容力のある微笑みを浮かべながら黙って頷いている。
「君も家でお茶でもしていったらどうだ?」
「そうしたいですが僕はもう出ないと。あなたはメディスンマンですね?」
ウィンドレイザーが頷くと、デビッドは口を真一文字に結ぶ。
「気づいていると思いますが、僕にもその血が流れています」
ウィンドレイザーはデビッドの底を覗くように見つめた。
「君のクラン(氏族)は?」
「『ClearWater (澄んだ水)』です」
デビッドは少し居心地悪そうに目を逸らした。
ウィンドレイザーはデビッドの目をじっと見たまま伝える。
「早く家に帰ってあげなさい」
そう言ってデビッドの肩と頭を祈るように優しく撫でた。デビッドは少し気まずそうに礼を言い、自分の様子を見守る二人の日本人を振り返った。
「まあ、とりあえず目的地到着だな。オレはそろそろ出るよ」
エドウィンが「もう少しいればいいのに」と言いかけるとカズマは彼の肩を掴んで遮り、デビッドに向かって短く伝えた。
「またどこかで会おう」
「ああ。いい人生をな(Have a Nice Life)」
二人は長年の旧友のように長く力強いハグを交わした。
「君もいい人生をな」
デビッドはエドウィンにもハグをし、耳元で囁いた。
「君は君でいろ。そしてその事に文句を言わせるな。誰にもだ」
それは彼が自分自身に語りかけているようにも聞こえた。
デビッドは小走りに自分のモーターハウスに戻ると勢いよくドアを閉めた。そして静かな大地に大きなエンジン音を響かせ、車体を大きく揺らしながら、地平線の向こう側に吸い込まれていった。
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