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現地コーディネーター

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長編小説「現地コーディネーター」のまとめです。創作大賞2024に挑戦中。
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#旅小説

現地コーディネーター:最終話

 カズマは馴染んだブルックリンのアパートの外に立っていた。アリゾナから飛行機と電車を乗り継いできた十時間超の記憶と意識は、溜まった疲労と骨まで沁みるような寒さで凍りついてしまったようだ。  隣接する高級コンドミニアムからの街灯で明るく照らされた古い赤煉瓦の建物をカズマは見上げた。自分にの帰る場所。唯一の帰れる場所。旅中に一度も剃らなかった無精髭は急な寒さに驚いたように縮れて、ほったらかしのドレッド髪が冷たくなって頬を撫でる。  トレーディング•ポストで買ったルビーのペンダ

現地コーディネーター:第30話

 無限の青さの真ん中で朝陽が燦々と輝き、その光の欠片がフロントガラス越しにカズマの瞼を突き刺した。眩しさに顔をしかめながらゆっくりと身を起こし、携帯を確認する。時刻はまだ朝七時だ。後部座席からはエドウィンの鼾が聞こえた。長時間のドライブと事故のせいで疲れていたのだろう。モーターホームの最後部にあるベッドルームではデビッドが寝ているはずだ。カズマは車からそっと降り、乾いた朝の新鮮な空気を吸い込んだ。  地平線の向こう側にくっきりと見える横に長いサンディア山脈はゴツゴツした岩肌

現地コーディネーター:第29話

 「お前は自分に流れた白人の血を意識する事があるか?」  カズマがモーターホームの外に出るとすぐにデビッドから質問が放り投げられた。エドウィンは多少面食らいながら答えた。 「こんな顔だから周りから外人扱いされることはあったけど…。もう慣れたし普通に日本人として暮らしてるから…。意識する時も無くは無いけど」 「俺も母が白人だったから保留区ではよく爪弾きにされたよ。ナバホ族の年配の多くは白人を恨んでるからな。母親は俺が小さい頃逃げるように保留区を出てったんだ。一人だけ『白い

現地コーディネーター:第27話

 突然頭を揺さぶる衝撃で、助手席のカズマは熟睡から目を覚ました。夢の続きを見ているような不思議な感覚だ。窓の外に目をやると砂埃が舞っている。車体は道路から五メートルほど離れている。隣のエドウィンはハンドルにしがみつくように前屈みになって青ざめた顔をしている。 「…事故った?」 「アルマジロを轢きそうになって。急にあんな物体が出てくるなんて思わなくて…避けようとしてハンドル切ったらコントロールがきかなくなって」  カズマは助手席のドアを開け外に出た。右側の前輪が完全に潰れて

現地コーディネーター:第23話

 目が開いて辺りを見回すが一瞬自分がどこにいるのかわからない。ベッドサイドテーブルに備え付けのデジタル時計が赤い点滅線で十時半を示している。ホテルのベッドはなんて快適なのだろうーカズマは天井に備え付けられ静止したファンをぼんやりと眺めた。長時間運転で疲れた体が少し軽くなった気がする。  体を起こし部屋のデスクに目をやると、昨夜描きかけでやめた絵があった。「自由である事を意識して描いた」感じが我ながら鼻につき、カズマはスケッチブックからそれを乱暴にむしり取ってクシャクシャに丸

現地コーディネーター:第10話

 高速道路に再合流すると相も変わらぬ平坦な景色が続いた。エドウィンは地平線にむかって垂直にぶつかる点状の車線を眺め、シューティングゲームの光線みたいだなどと思いながらまどろんだ。遠くのサイレンの音が子守唄のように聞こえる。ふと蘇る幼い頃の記憶。  あの圧倒的な孤独感はきっと「自分がどこにも属せない」事からだったのだろう。その孤独を抑えるために拵えた諦観。その線上にできた慢性的な倦怠感。  カズマの耳障りな大声で現在に引き戻される。辺りはすっかり真っ暗になっていた。「MOT

現地コーディネーター:第1話

<あらすじ> 周囲とうまく折り合いがつけられず十代で単身渡米したカズマ。ニューヨークでアーチストとして一時的な成功を収めたが、現在は恋人宅に居候し、くすぶっている。 東京都心の実家に住む大学四年生のエドウィンはハーフとして育ち、引きこもりがちな生活を送っている。エドウィンの父であり日本で企業経営をするジェフは受動的な息子の将来を案じてアメリカ二週間横断の旅を命じる。 十年前にアメリカで出会ったタフな若者カズマを現地コーディネーターとして雇って。 常識知らずで自分の情動の