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現地コーディネーター:第29話

 「お前は自分に流れた白人の血を意識する事があるか?」

 カズマがモーターホームの外に出るとすぐにデビッドから質問が放り投げられた。エドウィンは多少面食らいながら答えた。

「こんな顔だから周りから外人扱いされることはあったけど…。もう慣れたし普通に日本人として暮らしてるから…。意識する時も無くは無いけど」

「俺も母が白人だったから保留区ではよく爪弾きにされたよ。ナバホ族の年配の多くは白人を恨んでるからな。母親は俺が小さい頃逃げるように保留区を出てったんだ。一人だけ『白い血』を持って残された俺には誰を憎めばいいのかもわからなかった」

 デビッドはグローブボックスから荒鷲の刺繍がついた皮袋を取り出すと、そこに詰まった煙草の葉を巻き紙にのせ器用に巻き始める。そして糊の部分を舌で往復させ、紙の端をくっつけて、あっという間に紙巻き煙草を完成させた。カズマが普段巻いているそれよりずっと細く整っている。

「クソみたいな生活の中でも部族の誇りを持たなきゃいけないし、それを持ったところで今度は同族から認められないでさ。それでやっとの思いで保留地を出て、何年もかけてアメリカ中さまよって」
 まるで当時の記憶や怒りが蘇ってきたように早口でまくし立てる。
「でもそうする中でわかったのは、人種とかルーツとかはどうでもいいんだって。保留地を出たら道中で会う奴なんてほとんどは白人だ。いい白人もいれば嫌なのもいる。いいネイティブもいれば嫌なネイティブもいる」

 エドウィンは強く共感し、それを伝えようと大げさに頷いた。
「僕も小さい頃、からかわれたりイジメられたりした。日本では僕らみたいな人間を『ハーフ』って呼ぶんだ。だからいつも自分は完全な(フル)人間じゃない気がしてた。もっと酷い時は「外人」って呼ばれる事もあったし」

 エドウィンは自嘲気味に笑いながら言うが、デビッドは全く笑わず、まるで自分が侮辱されたかのように憤慨した表情だった。エドウィンはその共感に後押しされて続けた。

「そもそも彼らにはそう呼ばれるのがどういう気持ちかってこともわかり得ないんだ。だからそういう連中に合わせるのはやめて、友達も作らなくなった。音楽やゲームがあれば良かった。でもおかしいのがさ、高校あたりになると急に『ハーフ』のブランドが高騰してちやほやされるようになるんだよね、不思議な事に」

 エドウィンがそう言うと、デビッドは合点がいかないように首を傾げた。そして笑って答えた。
「だったら何も文句ないじゃないか!」

 エドウィンも一緒に笑う。なんだか温かい気持ちになった気がした。デビッドは巻煙草に火をつけると、窓の隙間からゆっくりと煙を吐き出した。

「この歳になって不思議なことに自分のインディアンの血を感じることが多いんだ。確かに流れているんだって感覚さ。親父をどんなに憎もうが、決して白人には持ち得ない親父と共通した何かが俺にはあるんだ。説明のできない無意識のレベルでね」

 デビッドはそう言うとエドウィンを真っ直ぐに見つめた。まるで彼の瞳を通して自分自身を見つめているようだった。エドウィンも同じくデビッドを見つめ、彼の瞳を通して自分の姿を覗いた。

         *

 すっかり濃度の深くなった暗闇を、朽木に取り付けられた裸電球が唯一の光源としてピクニックテーブルを照らしている。その上に置いたスケッチブックを睨みつけるカズマに乾いた風が吹きつけ、地上の砂を舞き散らした。静けさと暗闇の単調さがカズマの五感を研ぎ澄ませる。

 自分は何のために絵を描いているのかー二十代前半までの原動力は怒りが全てだった。偏った狭い世界観の中で人を判断する凡庸な大人ども。彼らに仕返しする気持ちで自分は一人でやってきた。敗北者として始めた闘いだったから失う事も恐れる事もなくやれた。しかしシャーロットと出会い、自分の絵も多少なり認められ、満たされるという感覚を中途半端に覚えてしまって以来、自分の情熱と状況のボタンのかけ違いが続いた。

 暗闇に目が慣れると、斜め前にちょうど自分の背丈ほどのサワロサボテンが堂々と聳え立っているのに初めて気づく。全身に細かい棘を尖らせたサワロにゆっくり近づくと、それはまるで自分を挑発するようでもあり、自分の孤独に共鳴しているようにも見えた。

 カズマはスケッチブックにサワロの姿を模写し始める。暗さで正確な色はわからないが、カズマは感じるままにその輪郭を黄色のクレヨンで描いた。そして麓に落ちた棘をいくつか拾うと、スケッチブックにそれらを突き刺す。そして描いたサワロの周りに糊を絞り出し、砂を拾って塗りたくった。そしてただひたすら無心に曼荼羅のような円状の図形をいくつも重ねた。

 その動作を繰り返していくうちに白紙はあっという間に埋め尽くされた。カズマは描いた絵を確認もせずモーターホームに戻った。これが良い絵なのかどうかは全くわからなかったが、確かな充足感があり、またそんな事は久しぶりだった。

 奥のベッドルームではデビッドがいびきをかいて寝ている。運転席の後ろのカウチではエドウィンが寝返りを打っている。カズマは助手席に座りデビッドのクーラーボックスからビールを取ると、前方に見えるサワロに向けて杯をあげた。

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