エビの妖精

長い付き合いになる友人がいる。出会ったのは20代前半の頃に働いていたバイト先。彼女は3歳年下で、華奢で白い。初対面の時に「先輩のババソノちゃん。眉毛はないけどヤンキーじゃないから怖がらないであげてね」と社員から2点の紹介をされたのち仕事を教えるように命じられた。華奢で白い彼女は初対面でも分かる愛想笑いをしていた。

仲良くなったキッカケを覚えていることは少ないんだけど、彼女の場合ははっきりと覚えている。食事休憩を取った際に、新人が入っても7割いや9割の人間が無視して身内ネタで盛り上がりたがる。あの風潮が苦手なわたしは、机に置かれた何かをおもむろに掴み、頭に乗せて「見て、ペンタゴン!」と言って彼女を見た。彼女の表情は覚えていない。思い返せば最悪である。一種のハラスメントだ。わたしは高校の頃に頭にトイレットペーパーを乗せて「ペンタゴン!」と叫んだことが若干ウケた記憶を引きずり続けてコスり倒している。他にもちぎった紙をテレビの枠のように見立てて、「世界の車窓から…」と言いながらBGMを口ずさむこともコスり散らかしている。想像通り高校の時以来ウケてないが、辞めるつもりはない。

いつの間にかそんなわたしに懐いてくれた彼女は、足早にロッカーを閉めエレベーターに向かうわたしに「一緒に帰りましょう!」と追いかけてきてくれた。何度も。わたしがいちばん得意とする誰とも一緒に帰らず済むよう一目散にエレベーターに乗り込むスキルを無視して。気付けば帰りに一服をしてから手を振り別れるのが恒例になっていた。

色々な話をした。くだらなくてほとんど覚えていないことだらけだけど、サーカスの象の話をしてくれたこともあるし、言葉をつまらせ泣きながら話す姿を見たこともあるし、エビの妖精と自称しながら白目を剥いて両手にエビの串カツを持っている写真を撮らせてくれたこともある。宝物だ。面白すぎる。

思い出が多すぎる中、印象的な出来事としていつかの夏を思い出す。実家の居酒屋を手伝い休む間もなく働き詰めの生活を送っていたわたしは、夏祭りに行けないことを心底恨んでいた。偉そうな酔っ払いのおじさんが泣く子も黙る程の下ネタを放り投げて、母親が打ち返す。当時酔っぱらいと下品な大人が大嫌いで暗い音楽とアンダーグラウンドな文化が救いだったわたしにとって、この世でいちばん必要のない時間だった。お祭りに行きたかった。決して飼うことはない金魚を、ただすくいたかった。

ある日、彼女が家の近くまで来た。声をかけるなりアメリカの吹き替えを思わせるほどオーバーに「あ、あそこでお祭やってるらしい」と言い、地元の祭り情勢を思い出しつつもやってる訳がなかろうとしぶしぶ歩くわたしを駅前の公園に連れて行った。夜の大きな公園に似合わないくらいアットホームな彼女のお手製お祭セット。わなげ、りんご飴。手書きの紙に書いてあり、手作りのりんご飴があった。感謝の気持ちでいっぱいになったのは言うまでもない。

彼女は最近「ポケモンGOをいっぱいやるんや」と夏休みが始まったばかりの小学生みたいなテンションでニートになり、何をして過ごしているか聞いたら「漫画読んでゲームして動画編集してそうこうしてる内に漫画の無料ポイントが貯まってまた読めるようになるからまた漫画読んでを繰り返してる」と早口で教えてくれた。ニートの鑑。彼女こそカリスマニート。「」内はリズム感が良いので早口で是非読み上げて欲しい。一度早朝に連絡したところ、すぐに返信があり「規則正しく自分律してるニートなんで」とうるさい一言が添えられていた。もう一度言う。ニートの鑑。彼女こそカリスマニート。

そんな彼女が近々南の島へ移住するらしい。真夜中に酔っ払って電話してもタクシーで会いに来てもらえない距離。これからの彼女はエビの妖精から何になるのだろうか。わたしの生活はどう変わっていくのだろうか。今はただ、華奢で白い彼女の日焼けした姿に期待している。


コーラ