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おとうさんは、その女の人を見たことがありますか?(別居嫁介護日誌#4)

自宅に見知らぬ女性が出入りしていると訴える義母。気にはなるものの、すぐさま駆け付けるほど、親密な間柄でもない。夫が「それは大変だ。俺がおふくろと話すよ」とでも言い出してくれないかとも思ったけど、そんな気配は微塵もない。さあどうする。迷った末に私が選んだのは「夫の実家に再度電話をかけてみる」だった。

(前回の別居嫁介護日誌はこちらから)

「あら、お元気でした? あの子は風邪を引いたりしていないかしら? そう。昔から丈夫なだけが取り柄でね。よく食事をとってますか? ええ、こちらはおかげさまで変わりなくやってますよ」

電話口の義母は、本日もご機嫌うるわしい。「最近、急に寒くなってきたら体調を崩したりしていないかと思って……」と、とってつけたような口実を不審がる様子もなく、会話が弾む。

「食欲は困っちゃうぐらいある」し、睡眠もよくとれているという。「お通じも問題ないわね」と、よどみなくしゃべる、しゃべる、しゃべる。認知症の予兆だなんて取り越し苦労だったのかもしれない。そう反省しかけた矢先に「唯一の悩みはね、ヘンな居候が棲みついちゃったことなの」と、例の見知らぬ女性の話が始まった。

義母が言うには、その女性は40代半ばで小太り。「近所に住んでいるみたいだけど、どこの誰かはよくわからない」。実家の2階に勝手に棲みついて「いつもこちらの様子をジーっとうかがっているの」という。もう怖い。ぜひとも実在していただきたくない。

「こちらが挨拶してもね、知らんぷりなの。まったくどういう人なのかしらね。どうも様子がおかしくてね、ちょっとした隙に、いろいろなものを持っていくの。この間なんて、すごく大切にしていたカーディガンを持っていっちゃって。ホント、イヤになっちゃうでしょう?」

話を聞けば聞くほど、様子がおかしいのは義母なのだが、さすがにそんなツッコミを入れる勇気はない。声が裏返らないよう、細心の注意を払いながら「それはそれは……困っちゃいますね。……ところで、お父さんに電話代わってもらってもいいですか」とリクエストするので精一杯だった。

電話口に出た義父も、”女ドロボウ”に悩まされているという。盗まれたものをスラスラとそらんじては憤慨する。ただし、ターゲットはもっぱら、義母であり、「僕のものには手をつけようとしない」とも。

思い切って「あの……おとうさんは、その女の人を見たことがありますか?」と聞くと、義父は「一度もありません」とキッパリ。やっぱり!

「ずるがしこいタチのようで、人の気配がするとサッと隠れる……と、家内は言ってます。姿を現してくれれば、こちらとしても対応のしようがあるんだが、僕の前には出てこない。そこがどうにも厄介なんですな。だいたい盗難届を出したときに警察が真剣に対応してくれれば、こんなことで悩まずにすんだものを……」

気づけば、義父の怒りの矛先は「空き巣騒ぎの際に駆けつけた警察官」へと向かい、ヒートアップ。「どうも我々を認知症だと決めつけていた節がある。まったくもってけしからんことです!」と、思い出し怒りが止まらない。そう来たか。でも、これってもしや、格好のチャンス到来じゃないか。

「おとうさん……もの忘れ外来、受診してみませんか?」

全力でサイコロを振ってしまった。もう後戻りできない。


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