お弁当なんていらないんじゃないかしら?(別居嫁介護日誌#25)

「あら、もうお帰りになるの。一杯だけでも、お茶を召し上がれ」

認定調査はとうに終わったというのに、玄関先で調査員さんを引き留める義母。「お気遣いなく」「もう十分いただきましたから」と断られても、一向に引き下がらない。

「だって、のどもかわいたでしょうから。ね? 少しだけ」と食い下がる。義母の後ろから、(申し訳ありません……)と無言で手を合わせると、調査員さんも苦笑い。「慌ただしくてすみません。またの機会によろしくお願いします」と頭を下げられ、ようやく義母があきらめてくれた。

と思いきや、パッとにこやかになり、「居間の方たちはまだいらっしゃるわよね?」と、いそいそと台所に戻っていく。

「今のうちにおいとましますね」
「本当にすみません。ありがとうございました」
「お嫁さん、大変だけど、がんばって。どういう結果に出るかは私からはなんとも言えませんが、でもしっかり書類書きますから」
「ありがとうございます……。調査員さんも、どうぞお体に気をつけて。ご無理なさらず」

じつはこの時来てくれた調査員さんは、この方自身も義理両親の介護経験者だった。義母の目を盗んでの短い会話のやりとりのなかで「じつは私も……」という話になったのだ。そして、”先輩”として励ましてくれた。親身に話を聞いてくれたのがありがたく、心強く、何度頭を下げても足りないぐらいだった。

調査員さんを見送り、これにて認定調査終了。さあ、戦線離脱! と言いたいところだったが、まだ任務が残っていた。そう、義母の言うところの“居間の方たち”――地域包括支援センターの看護師・佐藤さん(仮名)、そして担当ケアマネジャー候補の鈴木さん(仮名)と、今後のケア体制について打ち合わせをする必要があった。

通常は介護度が確定し、「区分支給限度額」(介護保険から給付される一か月あたりの上限額」がわかってから、ケアプランを作成する。限度額がわからないまま介護サービスを受け始め、もし、想定していたより介護度が低かった場合、限度額を超えた分の介護サービス費は全額自己負担になるからだ。

でも、義父母の暮らしぶりを考えると、認定調査の判定結果が出るまでの約1ヶ月を待つ気にはなれなかった。1日でも早く介護サービスを使い始めたい。地域包括支援センターからも、医師からもそのほうがいいと勧められてもいた。

「認定調査でのおふたりのお話を伺って、佐藤さんとも相談しながら考えてみたんですけど……」と、ケアマネ・鈴木さんが提案してくれたのは次のような内容だった。

1)高齢者向けのごみ出し支援サービスの利用
自治体が実施している高齢者支援策のひとつ。玄関先に専用のゴミバケツを用意しておけば週1~2回、回収に来てくれる。

2)訪問介護(週2回)
1)のごみ回収の曜日に合わせて、ヘルパーさんに来てもらう。まずは「ごみ出しの準備のお手伝い」という名目でスタートし、義父母に「ヘルパーさんのいる日常」に少しずつ慣れてもらう。

3)訪問看護(週2回)
看護師さんが定期的に訪問し、薬のセットと体調管理(体温測定、血圧測定など)。薬の飲み忘れなども確認してもらう。

4)配食サービス(毎日)
夕飯は、高齢者向けの食事を自宅に届けてくれる民間サービスを利用する。栄養の偏りを改善することが目的。お弁当を届けるのと同時に、安否確認もしてくれる(業者による)。

義父母の反応が気がかりだったが、佐藤さんと鈴木さんがニコニコしながら、かわるがわるサービスの説明をしてくれたところ、「いいわねぇ」「良さそうですな」と、ふたりともやたら乗り気なんである。イリュージョン!

義母が「焼き魚や煮物をつくったりもしているし、お弁当なんていらないんじゃないかしら?」と言いだしたときはどうなることかと思ったが、義父がすかさず「朝はパン、昼は納豆ごはん、夜は流水麺と決めています」と証言。

やっぱり、栄養面に問題がありそうだと、佐藤さん鈴木さんと無言で目配せしあい、配食サービス導入の線で押すことにした。

「万が一、要支援2が出てしまっても大丈夫なよう、加減してます。おふたりも急に生活が変わるとびっくりしちゃうと思うので、いろいろご相談しながらやっていきましょう」と鈴木さん。

こちらとしてはまったく異論なし。介護保険が適用されるサービスと自治体が提供する高齢者向けサービス、民間サービスの組み合わせ方が絶妙。提案してくれたこれらのサービスを導入できれば、毎週のお薬セット業務から開放され、ゴミを捨てられない問題も解決するに違いない。バンザイ!

もちろん、2階に棲んでることになってる“女ドロボウ”の問題だとか、しょっちゅう迷子になってるらしいだとか、尿もれに便もれ……と、未解決の課題も盛りだくさん。ただ、これまでよりはずいぶんマシになるはず。

この局面さえ乗り切れば、ラクになれる。あと一息。この段取りさえ終われば……。あの頃、毎日のように心の中で唱えていた。でもそれは半分は当たってたけど、もう半分は大間違いだった。そう気づくのはもうしばらく経ってからのことである。

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