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ペットボトルの水は割高なのでいりません(別居嫁介護日誌 #36)

7月も半ばを過ぎ、いよいよ熱中症対策の必要性が切迫してきた。

日によってはかなり気温が上がる日もあるのに、義父母はエアコンを使おうとしない。せめて、窓をあけてくれれば多少はマシになりそうなものだが、義姉曰く「泥棒の心配があり、窓を開けられないのだと思います」という。マジか!

水分補給の問題も浮上していた。

「私はね、昔から水をよく飲むタイプなの。心配なのは、おとうさまね。この方ったら、さっぱり水分をとらないの」

義母はたっぷりと水分をとっていることをしきりにアピールしていたけれど、ケアマネ・鈴木さん曰く「“水分をとっている”という感覚は個人差が大きい」とのことだった。とりわけ、高齢になると、のどの乾きも感じにくくなり、水分摂取量が減る傾向があるという。

一緒に暮らしていれば、食事やおやつのときに「お茶を飲みましょう」と家族が声がけすることもできる。どれぐらい水分をとっているか、ある程度は把握もできるかもしれない。でも、うちの場合は、義父母だけの夫婦ふたり暮らし。ヘルパーさんも訪問してくれるけど、訪問時間は夕方で食事の時間とはズレている。さて、どうするか。

ケアマネ・鈴木さんに相談すると、こんなアイディアを提案してくれた。
「500mlペットボトルのお水かお茶を用意して、1日2本ずつ飲んでいただくのはどうでしょう?」
「そうします!」

すぐにミネラルウォーターを2箱、計48本分をネットスーパーに注文。さらに、月曜日~木曜日まで週4回ある宅配弁当(夕飯)の配達時にも、ペットボトルのミネラルウォーターを各1本ずつ一緒に届けてもらうよう、手配した。

朝起きたら、部屋に置いてある段ボールからペットボトルを各1本取り出し、日中に飲む。夕飯の時間になると、弁当と一緒に新しいペットボトルが届くので、それを夜寝るまでに飲む。

認知症があるとはいえ、当時の状態からすると、これぐらいはギリギリセーフで生活習慣にとりいれられるのではないか、という期待があった。しかし、一筋縄ではいかなかった。

「すみません、お弁当とお水をお届けにあがったところ、おとうさまが『弁当だけでいい。ペットボトルはいらない』とおっしゃいまして……」

宅配弁当の業者さんから申し訳なさそうに電話がかかってきたのは、ペットボトル作戦をスタートした直後のことだ。「ペットボトルの水は割高なのでいりません」とキッパリ断ったという。そう来たか。

お弁当の配達スタッフの方から「弁当屋なのに、なぜペットボトルを持ってくるのか?」と少々混乱していたようだという報告もあった。これは作戦変更したほうが良さそう。再度、ケアマネ・鈴木さんと相談し、お弁当屋さんにペットボトルを届けてもらう方法は断念。

水とお茶をそれぞれ箱買いし、夫の実家に配送。届いたタイミングを見計らって、ケアマネさんが訪問し、義父母と一緒に日付や名前を記入。1日2本ずつ飲んでもらうという目標に切り替えた。

すると、今度は幸いなことに「ペットボトルは高いから、買わなくて良い」発言は出なかった。生真面目な義父は「1日2本」というルールを忠実に守っていた。時には一気飲みも辞さない勢いで、ノルマを消化していると、ケアマネさんやヘルパーさんから報告があった。

問題は義母だった。

ひとくち、ふたくち飲んだだけのペットボトルが何本も食卓に置かれている。処分しようとすると、「もったいないから」と拒否。でも、飲むわけではない。義父ばかりが「しっかり水分補給していて素晴らしい」「さすがですね」と褒め称えられるのが、どうも気に入らないようだった。そして、あるとき、私たちは義母の奇妙な行動を目撃することになる。

「今日は暑かったでしょう。まずは、お茶でもお飲みなさいな」
「ほら、あなたもちゃんと水分補給しないと」

義母はかいがいしく世話を焼きながらも、さりげなく自分のペットボトルから他の人の湯飲みやコップにお茶をついで回る。「おふくろ! 自分で飲まないと意味ないだろう!!」と、息子に叱られても「あら、そう?」と平然としている。

こりゃダメだと思いながらも、ペットボトルの本数を調整したり、壁に「水分補給で熱中症を予防しましょう!」の貼り紙をしてみたり。義母が「ねえ、真奈美さん。最近は便利な世の中になったわね。ペットボトルのお茶って、飲みたいときにすぐ飲めるの」と言い出すのは、数ヶ月後のことである。


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