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お墓参りはあまり気にしてない様子でした(別居嫁介護日誌 #45)

ことの発端は、母親(義母ではなく、実母)に「お墓参りのこと、それとなくフォローしておいたほうがいいわよ」とアドバイスされたことだった。

わたしの母親は元・看護師で、定年退職したあと、老人介護施設で働いていた。その後、認知症になった祖母を遠距離介護で看取った経験もある。母によると「どんなに体調が悪くなっても、お墓参りだけは欠かせないというお年寄りが多い。無理してでもお墓参りを強行しちゃう人も珍しくないから、先方のご両親に早めに意向を確認しておいたほうがいい」という。

たしかに、93歳で亡くなった祖母も、ずっとお墓のことを気にしていた。寝たきりになる直前、たまたま、見舞いに行くタイミングで祖母の一緒にお墓参りに行ったことがある。認知症が進み、さらに耳も悪かった祖母とは会話の大半はすでに成立しなくなっていた。それでも祖母はニコニコとうれしそうだった。墓地には大きな桜の木があり、ちょうど満開の時期だった。桜が舞い散る中、祖父が眠るお墓に手を合わせる祖母の小さな背中を妙に鮮明に覚えている。私にとってはそれが、祖母と出かけた最後の日になった。

母が言うとおり、なんとなくお墓参りのことは聞いておいたほうがいいような気がした。でも、何から聞けばいいかわからなかった。そもそも、わたしが切り出すべき話題なのか? という疑問もあった。

夫には、若くして亡くなったお姉さんがいて、少し離れた場所にある市民霊園にお墓があることは聞いていた。結婚が決まった頃から毎年、「今年こそはお墓参りに行こう」と夫と言い合いながら、先延ばしにしてきた。夫の実家には仏壇はなく、お墓参りについて義父母と話をしたこともなかった。

「おとうさんとおかあさんって、お墓参りどうしてたのかな?」
「うーん。俺はよく知らない。姉貴なら知ってるんじゃないかな」

夫に聞いても、手持ちの情報は増えない。20代、30代と実家に寄りついていなかった夫は、親がどのような暮らしをしていたか、ほとんど知らないという。こうなったら頼みの綱は義姉なのか。

「おねえさんに頼んだほうがいいのかな……?」
「そうしようよ。ただでさえ、介護の手続きとかいろいろ用事があって大変なんだから、姉貴に頼んだほうがいいって。なんでもかんでも引き受けようとするの、悪いクセだよ!」

夫は即答だった。相変わらず、「俺がやる」とは言わない夫に少々カチンと来たけれど、たしかに夫の言うことも一理あった。おそらく、夫に「あなたから墓参りの話をしてほしい」と具体的にリクエストすれば、しぶしぶであったとしても、やってくれるだろう。でも、その結果、「墓参りに付き添う」となれば、結局はわたしも同行せざるを得なくなる可能性が高い。

これ以上、引き受けるのは正直しんどい。そう考えると、義姉に頼むのがベストな選択肢のように思えてきた。

「時期的にお盆が近づいていることもあり、お墓参りに関するご両親の意向の確認をしつつ、ふいに思い立って出かけてしまい、ニッチもさっちも……とならないよう、今後の相談をお願いできるとありがたいです(高齢者の方はとくに、お墓参りとなると無理をして、熱中症や事故のつながるケースも多いらしいのが気がかりでして)」

義姉にLINEでメッセージを送ると、すぐ返事をくれた。義姉も、墓参りのことは気になっていたという。返信にはこう書かれていた。
「ここ一年、墓参りに行っているかどうかわかりません。私が代わりに行くことでよしとしてくれるとよいのですが。聞いてみますね」

この時点でうっすらとした違和感があった。わたしとして「義父母の意向を確認してほしい」とお願いしたつもりだったが、どうも義姉は「代理で墓参りに行く」という“結論ありき”で話をしようとしている。

ただ、せっかく義姉が乗り気になっているところに、あれこれ口を出すのもはばかられた。また、意に沿わないことであれば、義父母が自分たちでノーを突きつけるだろうという気もした。義父母は、子どもに意見を押しつけられ、唯々諾々と受け入れるタイプではない。そのことは幾度となく繰り返されてきた義姉との丁々発止のやりとりからも明らかだった。

なので、「お墓参りはあまり気にしてない様子でしたが、次の週末に代わりに行ってきます」と連絡があったときは、さほど疑問にも思わなかった。

「昨日、お墓の場所を書いたメモを忘れて現地に行ってしまいました。広大な墓地で途方に暮れましたが、実家に電話し、母の指示で事務所に行き(的確!)、無事お参りできました」

お墓参りを終えた義姉からそんなLINEメッセージが届いたときも、親の認知症を認識してない……? と、かすかな不安を感じたものの、「墓参り」というミッションそのものは、これにて終了! だと思っていた。

ところが、それはとんでもない誤認識だったと知るのは約1ヶ月後のことだ。ちょうどその日は、大学院の授業でプレゼンの順番が回ってくる日だった。準備が終わり、少し早めに家を出ようかなと思っていたら、ケアマネさんからひどく緊張した声で電話がかかってきた。

「真奈美さん、落ち着いて聞いて下さい。おかあさまの行方がわかりません」
「え?」
「ご夫婦でお墓参りに行こうとして、途中ではぐれてしまったそうです。お父さまはご自宅に戻られているのですが、お母さまはまだお帰りになっていなくて、連絡も……」

マジか! 墓参り、興味ないんじゃなかったの!? ていうか、おかあさん、どこ行っちゃったの? 違和感を覚えながらトラブルを未然に防げなかった自分への腹立たしさと不安が一気に押し寄せてきた。緊急事態発生である。

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