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将来を考えると、今から慣れておくといいんですって(別居嫁介護日誌#16)

義母の投薬治療が始まった。処方されたのは「メマリー」という抗認知症薬。アルツハイマー型認知症の進行を抑え、気持ちを穏やかにする作用があるという。厄介だったのは、その服用方法だ。

最初の7日間は5mgの錠剤を1日1回服用する。次の1週間は10mgの錠剤を1日1回服用する。そして、2週間後に再受診。もし、薬を増やす過程で気持ち悪くなったり、めまいを起こしたり……といった何かトラブルが起きたら、クリニックにすぐ連絡する。

……って、かなりハードル高くないですか。

医師が説明している間、義母はうわの空。義父も「難しくて、よくわからない……」と、顔をしかめていた。医師はごく当たり前のように「ご家族に手助けしてもらってください」と言うけれど、普段は老夫婦のみのふたり暮らし。「今日の薬はこれですよ」と手渡せる同居の家族はいない。

「認知症は薬を飲めば治るというものではない」
「これまでの生活をできる限り続けていくにはケアが重要」
「子どもさんたちにしっかりサポートしてもらってください」

こうした話をしつこいぐらいに繰り返された後で「一緒に暮らしてないので、毎日の薬の服用支援は難しいっすねー!」と切り出すのは、ずいぶんと勇気がいる。

だが、いざ伝えてみると医師の反応はごくあっさりしたものだった。

「では、薬局に相談してみてください。飲み間違いや飲み忘れを防ぐ『お薬カレンダー』というものがあって、現物も見せてもらえると思うので」

クリニックに隣接する薬局で見せてもらった「お薬カレンダー」は、実に便利なアイテムだった。ビニール製のポケットがついた壁掛けカレンダーに、曜日と服用タイミング(「朝・昼・夕・寝る前」など)が記載されている。飲むべきタイミングごとに、各ポケットに薬をセットしておけば、「いつ、どの薬を飲めばいいのか」が、一目で分かる。

お薬カレンダーには「1週間用」と「2週間用」があるという。ただ、薬局に在庫があったのは1週間用だけ。翌週にはまた夫の実家に行き、薬をセットしなくてはいけないのかと思うと気が重かったが、背に腹は代えられない。とにもかくにも、すみやかに義母に薬を飲んでもらえるような環境を整えるべく、1週間用のお薬カレンダーを購入した。

薬剤師から「薬の一包化(いっぽうか)」も勧められた。これは朝食後に飲む薬、昼食後に飲む薬などを服用時間ごとに一袋にまとめるやり方だ。お薬カレンダーにセットするにあたっては、錠剤やカプセルのシートをハサミで切り離す手もあるが紛失しやすく、誤ってシートごと飲み込んでしまうリスクもある。安全性を確保するという意味でも、一包化しておいた方がいいという。

あとは、良きところにお薬カレンダーを設置し、1週間分の薬をセットするだけ。さっさと任務を終えて引き上げたいのは山々だが、話はそう簡単ではない。ババーンと立ちふさがって行く手を阻むのはもちろん、義母である。

「そんなものなくても、薬ぐらいきちんと飲めるのに……」
「どうしても、それ(お薬カレンダー)を使わなきゃダメなの」
「壁になんて貼ってもすぐ落ちてくるんじゃない?」

もともとお嬢様育ちで、どちらかといえば上品な奥様カルチャー界の住人である義母は、面と向かってブーブー文句を言ったりはしない。ごく遠回しに、やんわりと不満をおっしゃる。でも、こちらとしても易々と引き下がるわけにもいかない。

「そうですね! このドアのあたりはどうですか?」
「将来を考えると、今から慣れておくといいんですって」
「先生も便利だとおすすめのアイテムだそうですよ。あ、ここはとっても見やすそうですよ」

義母の不満げに1ミリも気づかない、「明るくて朗らかだけど、少々ニブい嫁」を全力で演じた。わっしょいわっしょい盛り上げ、無事にお薬カレンダーを設置完了。幸いなことに「どうしてこんな薬を飲まなくちゃいけないのよ!」という文句は出なかった。のちのち、別の理由でウンザリすることになるのだが、このときばかりは義父母の“病院好き”に助けられた。

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