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すぐに対応するのは難しそうです(別居嫁介護日誌 #39)

義父母がデイケアに通い始めたのは2018年9月のことだ。最初は週一回からのスタートだった。朝9時半~10時の間ぐらいに、施設のワゴン車が迎えに来てくれる。日中は体操やレクリエーションを楽しみ、夕方になるとまた、自宅まで送り届けてくれる。昼食やおやつも出るし、入浴の時間もある。

義父は、デイに囲碁仲間がいると聞いて、楽しみにしていた。義母は書道をやってみたいという。懸念していた拒否は発動せず、トントン拍子でデイ開始の日を迎えた。

気がかりだったのは「デイ通い」という新しい生活習慣が、うまく定着するのか? という点だった。

デイ通いが始まるにあたって施設からは「準備のしおり」のような資料をもらったけれど、それを見ると、持っていくもののそれなりにある。

食事の摂取状況や体調、その日の様子を情報共有するための「連絡帳」に、入浴後の着替え、歯ブラシ、歯磨き粉、そして必要があれば処方薬に、尿もれパッド。ケアマネ・鈴木さんからは「デイ専用のバッグをご用意ください」と言われていた。

でも、こんなにこまごまとしたものを持っていかなくてはいけないとなると、義父母は対応できるのか。そもそも、戸締りをして外出できるもの? 疑問と不安は尽きなかった。ケアマネ・鈴木さんに相談すると、こんなアドバイスをくれた。

「週2回の訪問介護(ホームヘルパー)に加えて『送り出し』と『迎え入れ』のヘルパーさんをそれぞれお願いしましょう」

毎週土曜日の朝、30分だけヘルパーさんが来てくれる。朝食の見守りをしながら、デイに行くための身じたくや準備を手伝い、戸締りするのを確認したうえで、施設のワゴン車に乗り込むのを見送ってくれる。さらに、デイが終わるころを見計らって訪問し、着替え済みの洋服は洗濯に回し、新しい着替えの用意をするといったこともやってくれるという。

提案されるままにお願いしたのだけれど、これが大正解だった。

「悪い場所ではないと思うんだけれど、気を遣って疲れるのよ。どうしても行かなくちゃダメなの?」

通い始めて1か月もしないうちに、義母がごねはじめた。義父としては“昔取った杵柄”で、囲碁盤をはさんでの勝負に夢中。でも、妻が「行きたくない」と言えば、「だったら、自分もいかないほうがいいのでは」と気持ちが揺れる。

そんなとき、助けてくれたのは「送り出し」「迎え入れ」担当のヘルパーさんたちだった。

「今日はとってもおいしいおやつが出るらしいですよ」

ヘルパーさんたちはなにげない会話のなかで、義父母の心に刺さるフレーズを探ってくれていた。義母とすれば、本音としてはデイに行くのが面倒くさい。でも、“おいしいおやつ”は気になる。「じゃあ、今日だけ行ってみようかしら」と気が変わることが少なからずあった。

デイケア施設のスタッフの話によると、施設に到着した後は、仲良し数名と楽しく過ごしているという。「気を使って疲れる」のも本音だろうけれど、それなり楽しんでいる様子もうかがえた。

週2回の訪問介護に加えて、週1回の「送り出し」「迎え入れ」がスタートしたことで、ヘルパーさんとのやりとりが増えた。義父はともかく、義母は貴重品を盗まれないように隠し、自分も置き場所を忘れるという行動が頻繁にみられるようになっていた。

財布や鍵はもちろんのこと、デイ用のバッグについても「大切なもの」と認識した結果、押し入れをはじめとする、さまざまな場所に奥深くしまいこまれることになった。

「デイ用のバッグがありません」

「ご自宅の鍵が見つからないそうです」

「体調が悪くてお休みされたいとのことなんですが……」

 毎週末、デイがある土曜日になると、けっこうな頻度でヘルパーさんから電話がかかってくるようになった。
その都度、アマゾンや楽天に追加注文したり、合いかぎの作成を手配したり……と対応に追われた。

介護体制が一歩進んで改善されたと思うと、次の課題がやってくる。まるで延々と続く、もぐらたたきゲームのようだった。

そんなある日、ヘルパー事務所から「尿もれパッドの在庫がまったくないようなんですが……」という連絡が来た。土曜日にデイに持ってく分はあるけれど、日曜日以降に使えるものがないという。

通販の購入履歴を見ると、在庫切れになるにはまだ早い。おそらく義母がどこかにしまいこんでしまった可能性が高いけれど、探しに行く時間がない。改めて通販で購入するにしても届くのは数日後になる。

「ごめんなさい! すぐに対応するのは難しそうです。通販で尿もれパッドを手配すると、到着は早くても水曜日になります」
「わかりました。では、こちらで購入しておきましょうか?」

そんな選択肢あったんだ! 感謝はもちろんあったけれど、それ以上に驚きのほうが大きかった。そのとき、初めて気づいた。わたしは無意識のうちに「できない」と言ってはいけないと思っていたのかもしれない。「どうしましょうか」と問われたら、一刻も早く決断し、手配すべきものは手配するのが当然という感覚がどこかにあったのだと思う。

でも、どんなに頑張っても、できることとできないことがある。ヘルパーさんはもちろん、ケアマネさんや看護師さんも、こちらが「できない」と伝えれば、それをふまえた対応を一緒に考えてくれる。

相手が医療・介護のプロだからといって、何もかもを任せっぱなしにするのは違うと、今でも思っている。でも、「とにかく家族が対応しなければ」と何もかも背負いこむのも違う。

お手上げなんです! そう言ってSOSしてみると、見える景色は確実に変わる。できないこと、できない瞬間は誰にだってある。そんなときは素直に「できない」と伝えていい。介護のキーパーソンに立候補してしまったあの5月から約5か月、ようやくそのことに気づくことができたのだ。

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