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どこか悪いの? テストされるのかしら(別居嫁介護日誌 #44)

「お父さまはともかく、お母さまは『要介護1』では軽すぎるかもしれません」
「区分変更を申請すれば、要介護2以上が出る可能性もあるのでは……」

訪問看護師さんからはサービス利用開始当初から、何度かそんなアドバイスをされていた。通常、いったん要介護認定を受けると、原則として12カ月ごとに更新となる(場合によっては3か月~36カ月間になることも)。ただ、更新時期が来る前に心身の状態が著しく変化する可能性もある。そんなときには区分変更を申請することで再度、認定調査が受けられる。

義母の場合、心身の状態の変化というよりは、すでに起きていた問題が少しずつ明るみに出てきたというほうが近い。訪問看護師さんやヘルパーさんが定期的に出入りするようになって、失禁トラブルをはじめとする困りごとが次々に表面化していた。

できることなら早々に区分変更をかけて、介護体制をさらに手厚くしたい。でも、環境をコロコロ変えると義父母が混乱し、介護拒否につながる可能性もある。「善は急げ」と「急いてはことを仕損じる」のはざまで、わたし自身も腹を決めかねていた。

「区分変更をかけてみたらどうですか? そろそろデイにも慣れてきたみたいだし、要介護度が上がれば、もっとデイに通える日数も増やせるでしょう」

そう言って、背中を押してくれたのは、もの忘れ外来の医師だった。

「これ以上デイに通う日を増やす必要はありませんよ」
すかさず義母が否定する。

「たくさん通った方が体力をつけるのにも、もの忘れの予防にもいいんですよ」
そう医師が説明すると、義母はつまらなそうな顔をしてそっぽを向いてしまう。逆に、身を乗り出したのは義父だ。

「ちょうど囲碁仲間から『週1回では足りない』『他の曜日にも来ないのか』と勧められていたところでした!」

いつもの義父ならて「家内がどう思うか」「家内に相談します」と言い出しそうなものなのに、義母が非難がましい表情をしても軽やかにスルー。ぶっちゃけもっと、囲碁を打ちたい。囲碁が打てるならデイの回数が増えるのも歓迎! ということらしい。

診察終了後、さっそくケアマネさんと連絡をとりあい、区分変更の申請をすることに。義父は「要介護1以上になる可能性はきわめて低い。下手をすれば要支援になってしまう恐れもある」というのが、医師とケアマネさんの共通見解だったため、義母のみ申請した。

こうして迎えた、認定調査第二弾の日。調査員さんと約束した時間よりも少し早めに実家につくと、出迎えてくれた義母の表情が暗い。

「今日、どなたかがいらっしゃるのよね……」
「そうそう。役所の人が来ますよ」
「私、どこか悪いの? テストされるのかしら……」

完全に警戒モードである。おかあさん、鋭い!

「おかあさん、介護保険制度って聞いたことあります? 少し前に始まった、新しい制度なんですけど」
「新聞で見たことがあるような気がするわ」
「65歳以上の人がみんな使える制度なんですけどね、この制度を使っている人全員を順繰りに尋ねて、お話を聞きにくるんですよ」
「今日はわたしの番なの?」
「そうそう! ピンポーン、正解!」

義母の表情がゆるむ。「じゃあ、お茶を用意しなくっちゃね」と台所に向かう、お約束のパターン。そして、ほどなく調査員さんがやってくる。二度目の認定調査は、初回に比べると格段にスムーズ。一度立ち会った経験があるのと、ないのとでは全然違う。

義父母は相変わらず、調査員さんの前ではビシッと、しっかりものの老夫婦然として振る舞う。質問に対する答えがうまく出てこなかったときも、夫婦の連携プレーで乗り切っていた。

「普段のお食事はどうされていますか?」
調査員さんに質問された義母が答えに詰まると、すぐさま横から義父が助け船を出す。

「朝食にはパンを食べることが多いですが、昼は麺です」
「この方って本当に“麺食い”なんですよ。オホホホ」
しれっと義母が続ける。誰がうまいことを言えと! 
心の中でツッコミながらも、ちょっと笑ってしまう。
ほとんど夫婦漫才なんである。


もっとも、こちらも義父母の隠蔽工作を黙って眺めていたわけではなく、粛々と自分の仕事をする。ケアマネさんや訪問看護師さん、ヘルパーさんからのヒアリングをもとに、もの盗られ妄想や金銭管理、空焚き、排泄、夜間徘徊など現時点で判明している困りごとを、命の危険がありそうな順にリストアップ。初回の認定調査ではうまく答えられなかった、困りごとが起きた時期や頻度の情報も、ぜんぶ盛り込んである。

そして、調査員さんには認定調査日の相談時に「帰りがけに少し、家族側からの情報をお伝えする時間をください」と根回ししてある。あとは、義父母の目の届かないところで、手早く調査員さんと情報共有すればオッケー。

「お見送りついでに、ちょっと買い物に行ってきます!」

そう言って、調査員さんと一緒に玄関を出る。なんとなくイヤな予感がして、玄関先で話を始めようとした調査員さんにお願いして、ひとつ先の角を曲がったところまで移動する。果たして数分後、玄関のドアが開き、義母が顔を出し、キョロキョロと周囲をうかがい始めた。やっぱり!!! 向こうからは死角になる場所まで移動して正解! 油断ならねぇ……と、胸をなでおろしたのでありました。


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