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じつは訪問させていただいておりました(別居嫁介護日誌#9)

中途半端な状態で、義姉に認知症の話をするのはやめよう。せめて、義父母が「もの忘れ外来」を受診するまでは伏せておこう。それが私たち夫婦が出した結論だった。しかし、事態を把握できないまま、こちらもそこまで積極的にはアプローチしないまま、数ヶ月が経っていた。そして、とうとう義姉が、実家の異変に気づくときがやってきた。

(前回の別居嫁介護日誌はこちらから)

「母の様子がおかしいの!!!」

 義姉から夫に連絡があったのは、たしかゴールデンウィークが明けてすぐの時期だった。夫によると「姉貴は案の定パニックを起こしていて、何を見聞きしたのか確認するだけで一苦労だった」という。

 発覚のきっかけは、義母の姪にあたるB子さんが実家を訪ねてくれたことだった。介護経験のあるB子さんは、そこにあった違和感を見逃さなかった。

 さりげなく冷蔵庫の中を見たら、賞味期限切れの食材が大量に置かれ、テーブルにも食べかけの食品が放置されていたらしい。決定的だったのは義母が「お父さまが久しぶりに遊びに来てくれたの!」などと語っていたこと。ここでいう「お父さま」は義父のことではなく、義母の実父。夫が幼い頃に亡くなった祖父のことだ。

「死んだ人が見えるなんて!!!」と義姉は嘆き悲しみ、「とにかくヘルパーを頼むべき」と夫に強く主張していたそうだ。夫は「検討は必要だけど、一足飛びにヘルパーを頼む話になるのは違うような……」と首をひねっていた。私も同感だった。

 なんせ、義母の悩みの種は”女ドロボウ”である。そんな中、ヘルパーさんが出入りするようになったら、それこそ「見知らぬ女性が!!!」と大騒ぎになりそうな気もした。

 義姉と夫のやりとりは平行線のまま、地域包括支援センター(以下、地域包括)に行くことになった。義母の異変に気づいた、いとこのB子さんはその日のうちに、義父母の住所地を管轄する地域包括に連絡。義姉にも「とにかく、一度相談に行った方がいい」と勧めてくれていた。

 義姉は当初、ひとりで面談に行ってくれるつもりでいたと思う。夫と義姉、私の3人で作った介護情報を共有するためのLINEグループのログのやりとりも、そんな内容だった。

 私が「大学院が休講なので、一緒に行っていいですか?」と義姉に提案したとき、夫は「大丈夫?」と心配していた。これまで、義姉と会うときはいつも夫やほかの家族が一緒だったし、年に1回お正月に会うぐらいでほぼ初対面だ。できれば、夫には一緒に行ってほしかったが、地方出張で不在のタイミングだった。

 ただ、ここは歯をくいしばってでも、行っておくべき局面のような気がしていた。「初期対応をしくじると、余計大変なことになる」という、確信に似た思いがあったのだ。

 地域包括での面談内容は仰天することばかりだった。まず、最初に驚いたのが、相談対応してくれた看護師さんに「じつは訪問させていただいておりました」と聞かされたことだ。

 義父母はすでに、地域包括の”見守り対象”だった。父が憤慨していた盗難騒動があった折り、通報した地元の警察署から地域包括に連絡があったという。義母が「見知らぬ女性が棲みついている」と訴えていることも、「薬や洋服が盗まれる」と嘆いていることも地域包括は把握していた。

 これまで複数回訪問する中で、それとなく介護保険の利用も勧めてくれていたという。

 しかし、義母は「わたくしたちはまだ困っておりませんので、もっと困っているお年寄りを助けてあげてください」と丁重にお断り。義父は「子どもたちは皆、仕事があり忙しいので迷惑をかけたくない」「子どもたちには絶対電話をしないでください」と繰り返し念を押していたそうだ。

「ご本人たちがそうおっしゃられると、私たちとしてもそれ以上の介入がむずかしくてて………。ご家族さまからご連絡をいただけて本当に良かったです。本当にありがとうございます」

 いやいや、お礼を申し上げたいのはこちらのほうで、何も知らずにのんきに構えていて、申し訳ありません。頭を下げあいながら、お互いの知っている情報をすり合わせ、次の対応策を相談する。

 訪問介護などの介護保険によるサービスを利用するには、まず要介護認定を受ける必要がある。その申請のためには、主治医を決めなくてはいけない。できれば、認知症だという診断が確定しているのが望ましい。

…………ってどうやって、それ実現するの? 「自分たちはまだまだ大丈夫!」と信じて疑っていない親に、どう話を持っていけばいいのか。

 途方に暮れる私の横で、義姉は「やっぱりヘルパーを入れたほうがいいですよね!」と熱く主張していた。

 看護師さんたちは「そうですねえ……」と、やさしく相づちを打ちながら、具体的な手続きの話に戻そうとしていた。介護の窓口になる「キーパーソン」を決める必要があるという。だが、義姉のマシンガントークも止まらない。

「そういえば、民生委員の方に訪問してもらったりできないんですか? あのあたりは町内会がしっかりしていると思うんですけど。町内会長は変わっていなければ、通りの向こうにある大きな家の…………そうそう、今日って父の誕生日なんですよね。実家には寄りませんけど」

 何の話だよ! 助けて!!

 地域包括から帰る道すがら、義姉は「なんかいろいろ大変なことになりそうだね。これからどうしたらいいんだろう……」と不安そうだった。私は私で心底、疲れ果てていた。そして、思わず言ってしまう。

「手続きとか引き受けますよ。平日動けますし」
「本当に? それは助かるわ。立場上、学校の授業をそうそう休むわけにもいかないから」

 口にしてから気づいた。夫に何も相談していない。その場の勢いに任せて、「キーパーソンになる!」と宣言してしまったのだ。

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