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うちの親、お金は結構持っているはずだから!(別居嫁介護日誌 #32)

「親の介護費用は、親自身の年金や貯金でまかなうことを前提に考えたほうがいい」
「役割分担をどうするのか、とくにお金については家族で早めに相談しておいたほうがいい」

認知症の祖母を遠距離介護した母親からも、そう聞かされていたし、ライターとして関わった取材現場でも、何度となく、こうしたアドバイスを耳にした。

のちのち、家族でもめることにならないように、誰がどのお金を、どう支払うのかは早めに決めておいた方がいい。逆に言えば、そこのルールをすっきり明確に決めておかないと、もめごとの種になるというのだ。

それだけはぜひとも避けたい、と思っていた。ところがいざ、介護が始まってみると、想像以上に高いハードルが待ち受けていた。

親子間でお金の話をするかしないか。するとして、どういうテンションで話をするのかは、家によってずいぶん異なる。

例えば、私の実家はどちらかといえば、かなりカジュアルに「お金」の話をする。茶飲み話の延長で「ぶっちゃけ、介護費用についてどう思っているの?」と聞くことに何のためらいもないし、聞いてOKな雰囲気もあった。でも、夫の実家は違った。家族であっても、むやみにお金の話はするものではないというような、暗黙の了解があるように見えた。

しかも、介護はある日突然始まり、「今日ここから!」とスタートが明確なわけでもない。内心では「介護なんてまだ必要ないのに」と不満も感じているはずの義父母に対し、気持ちを傷つけないよう、不安をかきたてないよう、介護体制を整えていく行為と、「介護費用について白黒つけよう!」という話題は、どうにも相性が悪かった。

ただ、ゴニョゴニョ迷っている間も、通院に必要なタクシー代や診察料、エアコンの修理・クリーニング代などこまごま出費がかさんでいく。一体、どうしたものか。

「ところで、介護のお金ってどうしてるの?」

私の記憶が正しければ、いちばん最初に介護のお金について切り出してくれたのは義姉だった。

いつもは、マンパワーを分散させるために、私たち夫婦と義姉は別々に実家を訪れていた。たまたまその日は午前に私、午後には姉が訪問と、ちょうど日にちが重なり、ほんのわずかな時間、玄関で立ち話をした。

「今のところは、いったん私たちで立て替えているんですけど……」
「うちの親、お金は結構持っているはずだから!」

義姉はケラケラと笑いながら、そう言った。私はとっさに何を言われたのか、理解できなかった。反応が鈍い私にいら立ったのか、義姉は早口でこう続けた。

「親がどこにいくら持っているとか、全然知らないけどね。親とそういう話したことないから!」

そう来たか、である。

実は私は、きょうだい同士の話し合いに懸念があった。それは、義姉が介護費用を心配し、「私も払おうか」と言ってくれたとき、夫が「俺が払っておくから」と、変な男気を発揮しちゃうと困るなあ……というものだった。見当違いもいいところである。そんな話になる気配は微塵もなかった。

とりあえず、義姉が助けの手を差し伸べてくれるという線はきれいさっぱり消えた。かくなる上は、夫に話をしてもらうか、それとも自分で話をつけるかの二択である。

ただ、夫にはすでに何度か「親と話をしてほしい」と伝えてあり、「折りを見て話す」という返事が返ってきていた。その“折り”とやらは、いつやってくるのか。問い詰めたいのはやまやまだけれど、しつこく急かして、ものごとが進むとも思えなかった。

だいたい、夫と私は「ベストタイミング」がちょいちょいズレる。私がさっさとケリをつけたいのに対して、夫は十分時間をかけて、あらゆる可能性を検討したいタイプだ。無理やり急かすと、かえって動かなくなる。

ガミガミ言えば言うほど、動かざること、牛のごとし! 

しかも、最終的には帳尻を合わせてくるタイプでもあるので、ワーワー騒ぐとバカを見る。「しつこい」と叱られた挙句、結局はつつがなく間に合って、「騒ぎすぎだ」とたしなめられ、不愉快さここに極まれり! となるのは過去に何度も経験してきた。モー!!!

そんなとき、思わぬところからチャンスが巡ってきた。

「真奈美さん、すみません。先日いただいた引き落とし申込書の印鑑が違うようです」
「お父さまが『印鑑がわからなくなった』とおっしゃっていて……」

訪問介護(ヘルパー)や訪問看護の事業所、宅配弁当の業者から立て続けに連絡があった。

介護サービスの契約にあたっては、利用料の口座引き落としの手続きも行う。義父と相談し、どの銀行口座から引き落とすか選んでもらった。「親の介護費用は、親自身の年金や貯金でまかなう」への第一歩のつもりだった。ところが、その申し込み書類に押した「銀行印」が違っていたらしい。次々に書類が差し戻されているという。

義父は「ほかにも印鑑がある」と、探してきてくれたと、ヘルパーさんに聞いた。でも、その印鑑が“正解”とは限らない。銀行印については別途手を打つとして、まずは目の前の介護サービスの引き落としの問題を解決する必要がある。

手っ取り早いのは、長男である夫が介護用の専用口座を開設するという方法だ。親から介護資金を預かり入金し、そこから引き落としてもらえば、解決する。親と介護のお金について話すきっかけにもなるし、こちらとしては介護費用の全体像もつかみやすくなる。願ったりかなったりである。

かくして、父と息子の「腹を割って話そうタイム」が設けられることになった。

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