見出し画像

あなたたち、謀ったわね(別居嫁介護日誌#15)

いつかは介護が必要になる日が来るかもしれないとは思っていたが、義父母が同時に、認知症の診断が下るということは想像していなかった。

義母に「中程度のアルツハイマー型認知症」という診断が下ったのはまだしも、義父にも認知症の疑いが浮上したことに、わたしはショックを受けていた。

ただ、表向きは努めて「ごくふつうのこと」として振る舞おうとした。わたしが慌てふためくことで義父が警戒し、受診拒否されてしまっては元も子もないと思ったからだ。

「おとうさん、先生がこう言ってくださってるので、受診の予約をとってもいいですか」

わたしの心配は杞憂に終わった。義父は動じることなく、「そうしてください」と即答した。そして、医師に向かって、最近もの忘れがひどくなったように感じていたこと、必要があればきちんと治療したいといったことを時々言葉に詰まりながらも、しっかりと意志表示した。

診察室を出て、会計を待つ間に、夫とも話をした。

「まったく驚かなかったわけではないけど、”もしかしたら……”とは思ってたから。久しぶりに会ったら親父の顔、なんか表情がなくて能面みたいになってたでしょ。だから、心配だったんだよね」

そうなの? 何も言ってなかったじゃん。思わず、わたしが咎めるように問いただすと、夫はとくに気にする様子もなく、「まあ、気のせいかもしれなかったから」と言った。

いろいろわかったようなつもりでいたけれど、全然気づいてなかった。義父の変化にも、夫がそんな風に危機感を抱いていることにも。だいたい、自分の親なのに危機感ゼロで、何も見ていないし、感じてもいない。そんな風に決めつけてごめん。目が節穴だったのは私のほうだった。

スライディング土下座の気持ちで会計を済ませ、一件落着……というわけにはいかなかった。そう! 義母の不機嫌問題が残っている。

ふいうちの問診にテスト、さらには待合室で延々待たされ、義母は不機嫌を通り越し、全身から怒りのオーラが立ち上っている。少しでも場を和ませようと、ニコニコと愛想笑いしながら「帰りましょうか」と声をかけると、義母はわたしをにらみつけ、言い放った。

「あなたたち、謀ったわね……」

初めて聞く、ドスの利いた声だった。バレた! マズい。どうしよう! 夫も義父も、困惑した顔をしている。ダメだ。誰も助けてくれない。とっさに口から出たのが、これだった。

「何言ってるんですか。おかあさん。オットさんのもの忘れがひどいから相談に来たんですよ!」

テキトーにも程がある。ところが、この苦し紛れの言い訳がなぜか、義母のツボにハマった。

「あら! あの子ったらもの忘れがあるの? もうそんな歳だったかしら。ウフフ。もの忘れって、ホント厄介よね」

まさかのご機嫌回復であった。さっきまで険しい顔で口をとがらせ文句を言っていたのがウソのように朗らか。声も弾んでいる。もの忘れ外来でのやりとりはきれいさっぱり忘れてしまったのか、「あなたも大変ね。でも、気を落とさないで」なんて明るく励ましてくれる。やたらと嬉しそうですらある。いやいや、その通りではあるけれど。なんだ、この展開。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?