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ご自宅の鍵が見つかりません!(別居嫁介護日誌 #41)

デイ通いが始まり、気がかりだったことのひとつに「鍵の管理」の問題があった。

「自宅の鍵、持ってるわよ。いつもバッグの中に……ないわね。いやだわ、きっとあの人が持って行っちゃったのよ。ほら、お2階の……ね?」
義母はいつの頃からか自宅の鍵をなくしていたようで、鍵の所在を確認すると「2階の女性」に盗まれたと主張する。ただ、これまでは、義母がひとりで外出するときは義父が留守番をしているし、ふたり一緒に出かけるときは義父が鍵をかけるため、困っていなかったということのようだった。

この頃、義父はまだ、自分自身で鍵の管理ができていた。定位置を決めてあって、帰宅するとスッと、そこに戻す。しょっちゅう「鍵がない!」とあわてふためき、酔っ払って帰ってくるとかなりの確率で玄関のチャイムを鳴らす夫よりも、よっぽどしっかりしていた。

認知症になったとはいえ、義父の几帳面さが健在。デイ通いも義父が一緒なら、大丈夫か。そんな油断もあった。

「真奈美さん、ご自宅の鍵が見つかりません!」

デイがある土曜日の朝になると、ヘルパーさんから電話がかかってくるようになった。

「義父が鍵を持っているはずなんですが、なくしちゃったみたいですか」
「どこに置いたかわからないとおっしゃっていて」

デイ通いという新しい生活習慣がスタートしたことで、混乱が生じていたのかもしれないし、もしかしたらわたしたちが知らないところで、以前から鍵の紛失は頻発していたのかもしれない。

「他のお宅でよくやっている方法なんですけど、鍵にヒモをつけて、デイ用のバッグに結んでおくのはどうでしょうか」

ヘルパーさんに勧められ、やってみたけれど、あえなく撃沈。何度か説明したけれど、義父母には「鍵をバッグにつけっぱなしにする必要性」がピンと来ない。

「だって、外からひもが見えると、ここに鍵があるとわかっちゃうから不用心でしょ?」
そう言って、義母はバッグから鍵を外してしまい、大切にしまいこんだ結果、どこにしまったかわからなくなる。義父も、「いつもの場所に……」と鍵を外し、そのまま、定位置に置いたり、置かなかったりする。

だったら、ふだん使う鍵とは別に、「デイ用バッグにつける鍵」を用意すればいいじゃないか。そう思って、合鍵をつくることを義父母に提案した。

「留守中に勝手に入るようなことは絶対にしませんから、合鍵をつくらせてもらってもいいですか?」
「いいわよ。ねえ、あなた」
「そうだね。構いません」

おそるおそる打診すると、ふたつ返事でOKだった。実家の近所にはカギ屋がないため、駅前まで夫にひとっ走りしてもらった。ピッキング対策のためか、凝った形状の鍵を使っていたらしく、数軒回ってようやく作ってれるところを見つけたと、あとで聞いた。

ところが、合鍵を作った数日後、思いがけない電話がヘルパーさんからかかってきた。

「ドロボウが入らないよう、玄関の鍵を取り替えたいとおっしゃっています」

なんとかして、ものが頻繁になくなる生活に終止符を打ちたい。義父母は夫婦で相談し、「そうだ、鍵を取り替えればいいのだ!」と思いついたらしい。そして、ヘルパーさんに「いい鍵屋を知らないか」と相談したという。

「真奈美さん、鍵の交換のことはお聞きになってますか」
初耳です!

とりあえずケアマネさんに相談の電話をかける。鍵を変えたところで、義父母が頭を悩ませている「ものがなくなる」問題は解消されない。ものをあっちに動かし、こっちに動かし、行方不明にしている犯人は十中八九、義母である。

犯人は家の中にいますから……! と言いたいけど、言えない。

「鍵の交換費用がかかってしまいますけど、もし、そこさえ目をつぶることができれば、ご希望通り交換していただくのも手かもしれません。気が済めば落ち着くこともありますから」
「気が済まなくて、何度も交換する可能性もありますか」
「そうですね。その可能性もありますね」
「……。とりあえず1回交換してみて様子みてもいいですかね」
「いいと思いますよ」

ケアマネさんに背中を押され、方針決定。自分たちの家の鍵を、自分たちのお財布で交換するんだもの。止められる筋合いないもんね。オッケー! 

どこに交換をお願いしたのかは、把握しておいたほうが良さそう。そう思い、交換業者を探すのはこちらで引き受けた。ただし、交換に立ち会うために駆けつけるのはやめた。もし、義父母が交換したばかりの鍵を紛失してしまったら、業者に頼んで型番から合鍵をつくってもらえばいい。そう割り切ることにした。

「立ち会わなくていいよ。自分たちでやれることはやらせておけばいいんだよ」
夫は相変わらずクールだった。ただ、われながら現金なもので、自分が無理をしないよう意識するようになってから、夫の発言がやさしさの現れとして聞こえるようになった。よっ、ナイスフォロー!

「それにしても、親父とおふくろはどの鍵を変えるつもりなんだろうな。この間、合鍵つくったばかりのところを変えられるのだけはやめてほしいんだけど」
たしかに! 玄関には複数の鍵がついている。業者には「親が希望するようにやってください」と伝えてあるけれど総取っ替えするのか、いくつかあるうちの一つだけ交換するのか。いっそのこと、すでに紛失して合鍵もつくれない鍵を交換してくれるといいんだけど。

果たしてその結果はというと、みごとに夫が苦労して走り待って合鍵を作ってきた、その鍵だけが新しいものに交換されていた。


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