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頻度はどれぐらいですか?(別居嫁介護日誌 #24)

義両親は、耳がいい。とくに意識して大きな声を出さなくとも、通じることがほとんど。義父はたまに、「聞こえづらい」と意志表示することもあるけれど、日常会話にはほぼ支障がない。義母にいたっては「内緒話」もできるぐらい、よく聞こえている。

おかげで普段はコミュニケーションがとりやすく、助かっている。ただし、認定調査ではこの、素晴らしい聴力が裏目に出た。

義両親の普段の様子を、私からも調査員さんに伝えたい。でも、その内容は親に聞かせたくない。ショックを受けたり、腹を立てたりするかもしれないからだ。ところが、私が何か調査員さんに話しかけようとすると、いち早く義母が気づいて寄ってくる。

「じつは義母が……」
「なになに? 真奈美さん、呼んだ?」
といった具合である。おかあさま、呼んでません!!!

義母は耳がよく聞こえる上、カンも鋭い。義父は「我関せず」という顔で、飄々としているが、本音ではどう思っているのかよくわからない。

いつになったら、調査員さんに“ぶっちゃけ話”ができるのか。そうこうしているうちに調査が終わってしまうのではないか。ハラハラを通り越して、もはや胃がキリキリする。

しかしチャンスは突然、やってきた。

「お薬は普段、どう管理されていますか?」と質問されたのをきっかけに、調査員さんとふたりで、居間からダイニングキッチンに移動した。もちろん義母はついてこようとする。

でも、「薬の説明がちょっとややこしいので、リビングでお待ちいただけますか」と言うと、「なるほどね。薬ってホントに厄介よねえ」と引き下がってくれた。

さらに、ここで援軍も登場する。

じつはこの日、これまでたびたびお世話になっておる地域包括支援センターの看護師Cさん、改めて佐藤さん(仮名)が、ケアマネジャー候補の鈴木さん(仮名)と一緒に、認定調査に立ち会ってくれていた。

ふたりは最初の挨拶をすませた後は、黙ってニコニコと調査の様子を見守っていたが、このタイミングを逃さず、代わる代わる義母に話しかけてくれているのが、ドア越しに聞こえた。プロの仕事だ……。

だが、こちらも感心している場合ではない。気まぐれな義母がどう行動するのか、予想がつかない。すみやかに、私は私の仕事をする必要があった。

「両親の様子、私のほうからもお伝えしていいですか」と、調査員さんに聞くと、「お願いします。ご両親にはお聞かせしないほうがいいですよね」という答えが返ってきた。話が早い! 

私は、事前にまとめておいた「困りごとメモ」をもとに、説明を始めた。認定調査の前に、伝えたいことをまとめておくといいというアドバイスは、さまざまな書籍やブログに書かれていた。実際、あったほうが便利だった。

当時のメモを引っ張り出してみたら、こんな内容が書かれていた。

●ガスコンロ空焚きの多発……「お父さんが空焚きをするので見張っていなければいけない」と主張するが、これまで家事を担当していたのは義母のため、おそらく空焚きは本人。

●服薬管理に問題あり……現在、お薬カレンダーを利用しているが定量をきちんと飲めていない(「いつもよりサイズが小さい気がする」と倍量飲もうとすることや、「何の薬かわからないので用心した」と飲まないといったことも見られる)

●もの盗られ妄想……見知らぬ中年女性が家に入り込み、下着やカーディガン、処方薬など”大切なもの”を盗んでいくと訴える。貴重品を入れたバッグなどを45ℓごみ袋に入れ、入浴時も持ち歩く。また、「就寝中に部屋に入られること困るから」とバリケード代わりに寝室前にものを積んでいて、転倒の心配がある。

●迷子……自宅から10分ほどの場所にある整形外科に行くが、途中道がわからなくなり、1時間以上迷子になる。

これは義母用のメモで、義父用のは別途作ってあった。1人につきA4用紙1枚に箇条書きがびっしり。全部は書き切れないので、「命に関わる危険」を最優先に、絞り込んだ結果だった。

それなりに時間をかけて情報を整理し、これにて準備万端! パーフェクト!! ぐらいのつもりでいたけれど、いざ説明をはじめると、冷や汗全開。とくに困ったのが「頻度はどれぐらいですか?」「時期はいつ頃ですか?」という質問だった。

例えば、「ガスコンロ空焚き」「迷子」は、義父母の証言をもとにした情報で私は直接目撃していない。いちおう、時期なども聞いてはいるものの、やたら自信たっぷりに、義母が「3日前よ!」と断言したかと思えば、義父が「正確に、と言われるとわかりませんな」と困り顔をするといった具合で、なんともあいまいなのだ。

「何度も聞いてごめんなさいね。お嫁さんが言ってること疑ってるわけじゃなくて、書類に記入しなくちゃいけない情報なので許してね」

自分でも情けないぐらいに動揺し、うまく答えられずにいる私に、調査員さんは優しかった。

しどろもどろになりながらもなんとか説明を終えた頃、突然ドアが開け放たれ、「お話そろそろ終わったかしら? たくさんおしゃべりしたら、のどがかわいたでしょう。お茶でもいれましょうね」と、義母が現れた。やっぱり、来たか! でも、セーフ!!

鼻歌まじりでお湯を沸かし始めた義母の背中を見ながら、次の認定調査の資料では必ず、「頻度」と「時期」を盛り込もうと、リベンジを誓った。



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