ダメだったら、ここから信用を積んでくしかない(別居嫁介護日誌 #33)

「次に会ったとき、親父と話をする」

夫はキッパリ、そう言った。これまで「折を見て……」「様子を見て……」と、見てばかりいた人とはまるで別人である。いいぞ、その調子だ、イケイケ!

夫は腹をくくるまでが長い。こちらが、ウンザリするほど「もうひとつの可能性」を探し続ける。ただ、一度腹をくくってしまえば、ブレないし、くじけない。どちらかというと、粘り強いタイプだ。ぜひ、このまま、腹をくくってしまっていただきたい。

「ただ、親父にどう伝えるかが問題なんだよな」
「ああ……」

たしかにそこは、私も気になっていた。今後のことを考えると、早々に親子で腹を割って介護費用の資金繰りやその運用について話し合ってほしい。でも、「どうやって?」なのである。

これまで、夫が義父母と「お金」について話している場面はほとんど見たことがなかった。

義姉は親からの資金援助を無邪気に喜び、あっけらかんと口にするタイプだ。家族が集まる新年会の席では「誰のおかげで大学に進学できたと思っている。ほら、ちゃんとおじいちゃんとおばあちゃんに感謝して!」としきりに口にしていた。一方、その弟である夫はというと、やや極端さを感じるぐらい、親からの援助の申し出を遠ざけていた。

結婚するとき、義父から「必要があれば、結婚資金を援助しようか……」と言われたとき、夫は「必要ない。自分たちでやるから」と即座に断っていた。

その後、一度だけ、これまたかなり遠回しな言い方で「経済的な理由で出産を控えているのなら、応援する準備はある」(大意)と義父に言われたことがある。今思えば、義父なりに息子夫婦の生活を心配してくれていたのかもしれない。ただ、そのときも夫は「そういうんじゃないから!」と笑い飛ばし、話を終わらせた。

資金援助は一切いりません。こちらの生活に口を出さず、放っておいてくれるだけで十分。そうやって夫は両親と距離をとり、線を引いてきた。
でも、ここに来て、親に「何らかの形で資金を預けてほしい」と伝えざるを得なくなった。これはなかなかの難問だった。

「ある日突然、『お金を預けて欲しいんだけど』って言われても、面食らうよなあ」
「おとうさんからすると、『はぁぁぁ?』って感じじゃない。『お前、まさか財産狙いか』って思うかもしれないね」
「それは避けたい……」
「おかあさんにも『浮気した挙句、家から3万円盗んでいった』って疑われてたぐらいだしね」
「!!……俺、親からあんまり信用されてないだろうな……うーん」
「でもさ、疑われたくないからって、いっぱい理由を言うと、かえって怪しく見えるよ」

あれこれと理由を並べ立てられるほど疑いたくなる。どこまで理解してもらえるかもわからない。「こむずかしい話をしやがって。わけがわからん!」と一蹴される可能性もあった。

「話はなるべくシンプルにしたほうがいいよね。あと、ダメ出しは絶対しない」
「『お金の管理ができなくなってるから預けてほしい』みたいなロジックは使わない、と。まあ、子どもにダメ出しされたらふつうにムカつくよな」
「問題はさ、断られたときだよね」
「ああ……」

この時期、連日連夜、夫婦で作戦会議をしていた。どのような投げかたをしたら、どういう反応が返ってくるか。かなり綿密にシミュレーションした。

最終的な方針としてはまず、くどくど前置きせず、ズバリ本題に入る。今後のためにお金を預けて欲しいとストレートに伝え、親がいやだと言うなら、それ以上は説得しないというものだった。

「親父は話せばわかってくれるような気がするけど、こればっかりはわからない」
「イヤだと言われたらしかたがないよね。説得されて、“はい、そうですか”ってなるぐらいなら、最初から預けてくれるだろうし」
「ダメだったら、ここから信用を積んでくしかないだろうな」
「え?」

私はもっぱら、義父にどう話をしたら、気持ちよく預けてくれるかに気持ちが向いていた。「断られた場合」を考えるのは気が重かった。もっと言えば、ここまでいろいろやって断られるなら、もう知らん! という気持ちもあった。

ところが夫は仮に断られても、あきらめる気はまるでないようだった。

「まずはさ、まとまったお金を預けるのがイヤなら、毎月一緒にATMに行って、先月引き落としがあった分の介護費を親父たちの家計口座から引き落とし口座に移してもらう」
「通院に付き添うついでとかに?」
「そうそう! 1か月分ぐらいなら立て替えてもそこまで負担ではないし、実際に支払った金額を見ながらその分だけ払うなら、親父も納得するだろ」
「それは納得しそう」
「何回か繰り返すうちに、きっと面倒になってきて、『やっぱり預けたい』ってなると思うんだよね」

あんた、天才か!

夫のくじけないマインドに深く感動しつつ、迎えた親子対決の日。

午前中にもの忘れ外来の受診付き添いがあり、昼食をはさんで午後になった。夫が口火を切るのを今か今かと待っていたけれど、これがなかなか切り出さない。

義父は少し眠たそうで、今にも「昼寝をする」と寝室に行ってしまいそうな気配もある。おとうさん、寝ちゃうよ!

そのとき、夫が動いた。
「親父、話がある」
「うむ」

居間の空気がピンと張りつめた。あまりの緊張感に笑いだしそうになる。だって、今にも切腹が始まりそうな雰囲気なんである。笑ってはいけない。くちびるをきつく噛み締める私を尻目に、夫と義父は真剣に見つめ合っていた。

「今後に備えて、医療費その他の費用はどこから支払えばいいか教えて欲しい」
「わかった。よろしく頼む」

義父は、まさかの即答の「イエス」。話が早すぎて、こちらが戸惑うほどだった。

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