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コット、はじまりの夏


 久しぶりに映画館で映画を見た。ミニシアター系の映画館に来るのは久しぶり過ぎて、でもなんだか旧知の友人のようで、待合ロビーは親密感に溢れていた。
 観たのは「コット、はじまりの夏」
 あらすじは割愛する。映画を観た前提で話していくのでネタバレは躊躇しない。
 とにかく、この映画を見てからずっとコットのこれからの人生についてぐるぐると考えてしまったのだった。

 コットはアイルランド語を話す寡黙な少女であり、大人が話しかけても少しばかりの間が入ったのち、ポツポツと話す。しかしそれは生まれ育っている家では彼女の話し方は通用しない。
 何しろコットの生家は大家族であり、母は妊娠中、父はギャンブルに浮気に忙しい。姉はコットのことを薄気味悪いと思っているし、弟はまだ意思疎通が出来ないくらい幼い。誰もコットの“間”なんて待ってはくれないのだ。
 きっと話したいこと、やってほしいこと、分からないから教えてほしいことはたくさんあるが、家族に訴えることもできない。むしろ、訴えるということすら彼女は知らないのかもしれない。
(コット目線なのか、序盤では両親の顔はあまり鮮明に映し出されない)
 そんなコットは夏休みの間、母親の従姉妹の家へと預けられることになる。アイリンとショーン夫妻、二人の間に子供はいない。

 はみ出しっ子があたかい家庭で愛を知る。

 平たく言うとこんなありきたりで何度も擦られている題材ではあるのだけれど、陳腐になっていない。
 アイルランドの片田舎の美しい原風景であるとか、牛の鳴き声であるとか、アイルランド語の耳慣れない発音が妙に心地よかったり、足音ひとつが澄んでいて、これらに意味があるのではと思いスクリーンから目が離せなかった。

 コットはこの夫婦の清潔な家で家族の営みを知っていく。
 おやすみと挨拶をすること、髪の毛は櫛でとかすこと、お風呂では体をきちんと洗うこと、掃除は丁寧に行うこと。夫婦は心が通じていて、愛し合っていること。
 今まで生きてきた中でコットはこんな世界があることは知らなかっただろう。
 もちろん、この夫妻が住む土地にだって無遠慮で嫉妬の炎を燻らせ、意地悪をする人も出てくる。(話が進む便宜上、必要悪だと分かっている。しかし、このおばさんも隣の芝は青く見えるタイプでアイリンに嫉妬と同情、憐れみを持っているのだと理解出来るのだ)

 今まで注目されず、大切にされてこなかった少女は夫妻の温かく柔らかな愛で瑞々しく美しい感情を開花させていく。元々、コットは優しく賢く、人のことを思いやれる性格なのだ。
 そんな儚く夏の夢のような日々は過ぎていき、コットは生家に帰ることになる。
 こういう映画は、あの夏の日々は宝物になりコットの人生の糧になっていくのだろう。だからもう大丈夫、コットは生きていける……、のような。
 のような? それでいいのか?
 夫妻がコットの生家に来た時の居た堪れなさ、そしてコットは自分の家が手入れされておらず荒れて汚いと思う。テーブルのゴミを払い、不揃いな椅子に腰掛け居心地悪くする。父はコットが風邪気味なことを疎ましく思い、母はコットを心配するが生まれたての赤ん坊に移らないかの方が重要だった。母は母でコットの成長が分かるし「背が伸びた?」と声掛けするが、母の愛情は均等にはならない。
 コットは最後、帰っていく夫妻の元へと走る。
 自分を追いかけてきた実の父が目に入り、「daddy…」と呟く、しかし今抱きしめられているこのショーンこそがコットにとっての父なのだと再度本当の意味で「daddy」とコットは言う。

 その後、その後はどうなる?
 もう映画の美しさなんていいから、コットはそのまま夫妻に預けられて幸せに暮らせばいいと思う。実父は最初こそ渋り(毒父あるある、自分の所有物が他人に渡ることが嫌)実母も反対するが、多少の金を渡せば黙るだろう。
「まあ、それくらい言うのであれば……、あなた方も子供がいないのはお気の毒ですし……」
 というあくまでも施しの立場を取ればこの両親は納得するのでは? しかし子供をまるでモノのように扱うのはダメだ。
 だけれど、夫妻はコットと別れることで二度子供を失うと同義だし、コットもまだ9歳。一夏の経験を一生の糧にして生きるには辛い。もっと幸せになって、それを当たり前のように享受して貰いたい。子供は誰にでもそうなる権利があるんだ! とずっと考えてしまった。
 映画の美しさより福祉を……
 でも、この映画の上手いところはどちらでもいいんじゃないかと思わせるところでもあると思う。
 意味のないシーンは一つもない。カメラワークにしろ、なんにしろ。
 だとしたら海辺でショーンとコットが見つけたあかい光が二つから三つになったと話すシーンは?

 だから、もういいんだ。
 私の中ではコットは夫妻の元で生きていくんだから。私はそう決めた。
 もちろんあの別れこそが美しいと分かっているんだけれど……、もう100%ハッピーエンドにしちゃうって決めちゃったもんね!

 と言う取り留めない映画感想。
 映画って面白いなあと改めて感じたのだった。


 おしまい


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