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妹の声と銀色の蜘蛛

私には7歳年下の妹がいましたが、
4歳にならない頃に亡くなりました。
強いてんかん発作が重なって、窒息したという話でした。

私は小学5年、弟は3年。11月でした。
登校してすぐに、家に帰るよう言われたことを憶えています。

亡くなってどのくらいたった頃か憶えていませんが
ある夜、家族でテレビを見ながらお茶を飲んでいました。
キーンと、空気が変わって、電灯が明るさを落とし
空間が縮むような一瞬を感じたと思ったら、
外で声がしました。

「にいちゃん、〇〇〇だよ!」

妹の声が弟を呼んでいるのでした。
それから2度3度同じように声がして、あとはまた元の空気に戻りました。
遅い時間だったのか、弟はそのとき1人だけ別室で眠っていました。
家族が集まっている部屋にはいなかったのです。

その時部屋に居た家族みんなが聞いたと言いました。
亡くなってまだひと月とは経っていない頃だと思います。
家族が集まっている様子を見に来て、そこに兄ちゃん(弟)だけがいなかった。それで呼んでみた?

暗い家の外で呼んでいるのが、切ない気持ちになりました。
もうみんなのところには入って行けなくて、悲しかったのかも知れない。


クリスマスがきて、妹の仏前にも、ちいさなケーキが供えられました。
その頃、仏壇のある部屋で祖父母と寝ていましたが、私は夜寝るのが嫌いで
いつまでも目を開けていました。

仏壇のちいさなケーキをじっと見ていたら、どこかで、きっと天国で、
1人で食べている妹を想像し、あ、フォークがない、手で食べるのかなと
また想像して、かわいそうで泣いてしまった夜がありました。


それから月日は流れ、私は結婚して、初めての妊娠をしました。
でも、4ヶ月になる前につわりも心音も弱くなり、ついには止まりました。

流産の処置をしてしばらく実家で休んでいると、
ある朝、ほそい銀色の蜘蛛がこちらに向かってきました。

すぐに起き上がってじっと相対しました。
「さよならを言いに来たの?」とふと心に浮かびました。

蜘蛛は、朝日を受けながらキラキラとこちらに近づいてきて、
布団のへりに沿うように歩き、
畳とふすまの隙間から、すっといなくなりました。

〇〇ちゃんが来てくれたのかな。
お腹にいる時から名前をつけていたので、名前で、そう思いました。


言葉に変換できないものごと、見えないものごと。
言葉を使わない長男の中にある、言葉。思い。
そういうものを意識するようになって、頻繁に思い出す、
あの夜の妹の声と、あの朝のほそい銀色の蜘蛛。




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