見出し画像

体温がいっぱい

人生で初めてパッションフルーツを食べた時、世界で一番アツい男になろうと思った。

正直あまりキレイな見た目とはお世辞にもいえなかった。ただそれを乗り越えて果肉を食した時、自分の中でスイッチが入った。

味は覚えてないが、やってやる、やっているぞと謎のエナジーが沸きおこってきたのはよく記憶している。

うあああああ!とニホンオオカミのごとき咆哮を極東の小さな台所で噴出させると、そのまんまの勢いで腕立て伏せを始めた。

元々細い上に普段筋トレなどしてなかったものだから、13回ほどで音をあげたが、自分の中では50回くらいやった気分だった。

そして立ち上がると、そのまま外に飛び出した。真冬にTシャツという恰好だったからそれはそれは寒いはずだった。だが、実際に寒かったかどうかは記憶していない。何しろ世界で一番アツイ男なのだ。寒さなど感じるわけがなかろう。

全力で家の周りをダッシュし、フルマラソンを完走した……気分だった。

そして走り終えた後は、自分を鼓舞する舞を踊った。手足をジタバタしているようにしか見えないが、これラーの神様の力を身体の内に取り込む、由緒正しき舞踊なのである。どうやって身につけたかは別の機会に話そう。

一通り終えると体温が上昇し、身体全身の血流が促されていると感じた。

きとるばい……ぱわぁきとるばい!

自分に立ちはだかるものは何もないと思った。

自分のせいで地球の平均気温が上昇してしまわないか心配だった。

いっそ、かめ〇めはでもぶっぱなして、悪を滅ぼそうかな。

一旦自分の中の世界に入ると、おかしなことを考えつくものである。

ただまずは体温を測って数値を見たいと思った。

というかアツすぎて壊れると思っており、その決定的瞬間を家族に見せてみたいと思った。

というわけで早速、家に帰り妹を呼んだ。

「おーい! 今からお兄ちゃんがすごいものを見せてやるぞぉ~!」と体温計を見せる。

「この体温計、タネも仕掛けもありません!」親指と人差し指で体温計をつまんで軽く揺らすと、ゆっくり脇の下へ持っていき、挟みこんだ。

「幸運だな妹よ! 今から我々は天地開闢以来の事件を目撃する。ついに人間が人間を超えるのだぁ~っはっはっはっは!」

「お兄ちゃんうるさい。よくわからないけど、体温計の音聞こえないと思う」とたしなめる妹。

「あーそうだった! そうだったな妹よ! 今しばらく静かに待たれい」

深呼吸をしながら今か今かと待った。

早くならないかな、いや少しの辛抱だ、待て、焦るな。

わずか数秒のはずの時間が永遠にも感じる。

まだかな、まだかなぁ~♪

ぴぴぴっ、ぴぴぴぴっ!

なったぁぁ~!「見て見ろ!これがコスモ(宇宙)の力じゃい!」日本刀を抜くように体温計を脇から抜き、差し出した。

表示された体温は


35.9℃




確実に続けていますので、もしよろしければ!