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『学校で起こった奇妙な出来事』 ⑧

⑧ 「廊下でダンス」


○  ファミレス

    土曜の昼、余裕の顔つきでテーブルにつく金森と佐伯。

    メニューを広げ、ポケットから十数枚の無料サービス券を出す。

 金森淳  「人生、こうでなくちゃ」

 佐伯哲男 「有効期限が今日までだから、全部使っちゃわないと」

 金森淳  「たのもしいなあ。テツボーを見なおしたよ」

 佐伯哲男 「今朝母ちゃんが気づかなかったら、ただの紙クズだもんな」

 金森淳  「佐伯家の家族がうらやましい」

 店員   「お決まりでしょうか」

 佐伯哲男 「俺はね、これとこれとこれとこれとこれとこれ」

 金森淳  「俺は、これとこれとこれとこれとこれとこれ。あとこれも」

 佐伯哲男 「あ、これとこれを追加して」

 金森淳  「これもいいね」

 店員   「かしこまりました」

 佐伯哲男 「繰り返さなくていいからね」

○ 3年D組

    映画の撮影準備でごった返す教室。

    暗幕によって半分に仕切られ、男女別々の控室となる。

    ハカイシが怪獣の着ぐるみを身につけ、雄叫びとともに女子控室を
    覗く。

    悲鳴を上げる生徒と図に乗るモンスター。

 長瀬叡子 「こら、バカやってんじゃないの」
    とトサカ部分を引っ張り、軽くチョップ。

    仰向けに倒れ、もがきはじめるモンスター。

 ハカイシ 「おい、早く起こせ。そこ引っ張っちゃダメなんだってば」

 長瀬叡子 「よく言うわね。ダメなことやってんのはあんたでしょ」
    とモンスターの顔に雑巾をかぶせ、目をふさぐ。

 ハカイシ 「ごめん、ごめん。二度としないから、早く起こしてくれ」

 長瀬叡子 「このまま廊下までひきずってくことにする」

 ハカイシ 「撮影があるんだから、着ぐるみを傷つけちゃまずいだろ」

 長瀬叡子 「よくわかってるじゃない。大切なシーンがあるのに暴れてた
       のは、撮影のことを考えてたせいなのね。だったらもう少し
       そうしてたほうがいいわ。……ところでジュンとテツボーの
       二人、どこにいるか知ってる?」

 ハカイシ 「またそこらで昼寝だろ。じゃなかったらファミレスでランチ      
       でもしてるのさ。有効期限の迫ったサービス券を嬉しそうに
       数えてたから」

 長瀬叡子 「ファミレス?  今日の午後は撮影があるって知ってるはずな
       のに」

 ハカイシ 「あいつら、ナワで縛るかカゴに入れとかないと、どこへ飛ん
       でくかわかったもんじゃない。俺はこうして教室に残ってる
       んだから健気なもんさ」

    叡子は、倒れた怪獣の真上で雑巾を絞りながら考えるふう。

    廊下の窓へ歩み寄って校門を眺める。

○  ファミレス

    テーブルに運ばれてくる数々の料理。

    生唾を飲み込む金森と佐伯。

    と、きれいどころの女子高生4人がまわりを囲む。

 金森淳  「あれ、こんな特典までついてるの」

 佐伯哲男 「サービス券が当たったのかな」

    その一人が佐伯の耳もとで何かささやく。

 佐伯哲男 「(がっくりした様子で)ジュン、姉貴が呼んでるみたい」

 金森淳  「え、オレに?」

 佐伯哲男 「セーラー服を持ち出したの、バレたみたいだ」

 金森淳  「あ、あれはお前がオークションだって」

 佐伯哲男 「けっこうな人気で高騰してたんだ」

 金森淳  「は、謀りやがったの」

 佐伯哲男 「姉貴の匂いもついてたでしょ」

 金森淳  「……カレーの染みがついてた」

 佐伯哲男 「ここによくきてたからね……」

    彼女たちに両腕をつかまれる二人。

 金森淳  「せ、せめて食べてからにしてよ」

○  学校の前庭

    木陰となった石段に腰かけるクッパとザッカヤ。

    なぜか鳥獣の格好をしている。

 ザッカヤ 「羽根があるぶんだけ助かるね」
    と、それをばたつかせて涼む。

 クッパ  「怪獣になったハカイシよりましかもしれない」
    と、クチバシで体をかく。

 ザッカヤ 「みんなにひけらかしてるみたいだよ」

 クッパ  「あれで喜んでるんだから阿呆だ」

○  女子高のクラブハウス

    手前の部屋で女性たちに見張られながら正座する佐伯。

    ダンスミュージックが流れてくる奥のドアを見つめる。

    ときおり聞こえる金森の素っ頓狂な声。

    見張りの女子高生たちが嬉しそうに含み笑い。

    佐伯は顔を引いてしかめる表情。

    と、勢いよく開かれるドア。

    制服を剥がされた金森が飛び出してくる。

    素っ裸のまま一直線に出口へ向かう。

    立ち上がり、痺れた足でよろめく佐伯。

    お辞儀をして懸命にそのあとを追う。

○  女子高のグラウンド

    飛び跳ねながら素っ裸で走りまわる金森。

    ズッコケながらあとを追いかける佐伯。

    興味深そうに見やる周囲の女子高生たち。

 金森淳  「ヤッホー」

 佐伯哲男 「どうした。何があったんだよ」

 金森淳  「ついに年上のお姉さまたちとコンタクトできた」

 佐伯哲男 「だから姉貴と何があったんだ」

 金森淳  「俺の制服を差し出したらハグしてくれたよ」

 佐伯哲男 「パンツもか」

 金森淳  「すべてさ。おい、お前のシャツを貸せ」
    と、立ち止まって下半身にそれを巻く。

○ 3年D組

    待ちくたびれ、だるそうな空気が漂う教室。

    篠川とフォロー中があやとりをし、トーテキ姫は柔軟体操。

    オキナは盆栽図鑑を眺め、スタンダリアンとビーダマイヤーは黙々
    と囲碁を打つ。

    磨りガラスの向こうで怪獣が練り歩くが、だれのリアクションもな
    く淋しげに消えていく。

    すれ違うように一輪車に乗ったケイリンの影が通り過ぎる。

○  真下書房

    窓越しに校門を見ながら、学習誌を立ち読みするアホ賀と大タコ。

    そこへ手持ちぶさたな様子の河野純一が入ってくる。

 河野純一 「ここで何やってるんだい?」

 アホ賀  「何って、撮影が遅れているのでここで本を読んでるんだ」

 大タコ  「カイチョウはどこにいたの? 教室はどうなってる?」

 河野純一 「ああ映画のことか。ぼくにはもう関係ないし、生徒会のほう
       で忙しいんだ。もっと大きなスタンスで物事を考えなくちゃ
       ならないからね」

 アホ賀  「そうなの」

 大タコ  「じゃあ、映画には関わらないんだ」

 河野純一 「あの映画に? そういうのはみんなに任せておくよ」
    と、奥を見たあと小声で続ける。

 河野純一 「きみらは『セル族の逆襲』というゲームを知ってる? 中学
       生がシナリオづくりに参加し、謎がいっぱいあって話題にな
       ってる」

 アホ賀  「いま、アニメも制作中だからけっこう有名だよ」

 大タコ  「ぼくたち二人ともそのゲームを持ってるし」

 河野純一 「そのセル族って、もともとアニメのセル画フリークのことを
       さしたらしい」

 アホ賀  「実際の絵はCGだけど、最後にすごいカラクリがあるんだ」

 大タコ  「それがどうかしたの?」

 河野純一 「やっぱりそうか。一度ゆっくり話したいな。小さなクラスで
       あくせくするより、ぼくらはもっと世界にチャレンジできる
       はず」

 アホ賀  「どういう意味?」

 大タコ  「まさか自分でゲームを作ろうっていうこと?」

 河野純一 「しッ、この話はぼくらの秘密にしておこう。あらためて連絡
       するよ」
    と、売れ残ったゲーム雑誌を買いあさる。

    ウインクを残してさっさと店を出ていく。

 アホ賀  「本気なのかな」

 大タコ  「カイチョウのことだから何か狙いがあるのかも。生徒会選挙
       でもでたらめな抱負だったからなあ」

    二人して窓の先にぽかんと視線を送る。

    と、そこへ裸の男が走ってくる。

    やがて肩で息をつくもう一人。

 アホ賀・大タコ「ジュンとテツボーだ」

○  学校の廊下

    静かにたたずむ無人の廊下。

    窓から傾いた陽射しが差し込んでいる。

    と、金色の紙片が宙を舞いだす。

    色とりどりのビー玉が転がり、階段へ落ちていく。

    少しずつ音色を変え、それが音階に変化する。

    ミュージカルシーンの前触れだ。

○ 3年D組

    スピーカーから聞こえてくるシンセサイザーの音。

    大小のモニターがちかちかした光の渦を映し出す。

    教室にいるのは7人。

    なぜかミラー状のコートを着た金森と佐伯。

    草刈り機を振りまわす作業着のオキナ。

    一輪車で走りまわるユニフォーム姿のケイリン。

    怪獣のハカイシ、鳥獣のクッパとザッカヤがそぞろ歩く。

    前奏がヘビメタっぽい旋律へと変調。

    やがてギター、ベース、ドラムの音が鳴りわたる。

    と、7人はいっせいに廊下へ飛びだす。

○  学校の廊下

    足下をレーザー光線が走り、長い廊下がステージと化す。

    シャウトするのは『アナドレン・チルドレン』のテーマソング。

       遠い昔のつい昨日の出来事みたい
       ひとりでいる癖にもいろいろある
       ふとしたことにとりわけ熱が入る
       相手があればなおさらというもの
       好きなものに代わりはないらしい
       まったく思いも寄らない拒否反応
       若気の至りといっては知らんぷり
       変なふうになおざりにされている
       あれやこれやと言ってみたりする
       ときとして思い当たるふしもある
       正しくても見当外れがいいところ
       やりかけたことから頭が離れない
       度を過ぎるようなものさしもない
       まず始めに直に触れてみればいい
       殊のほか意外に思うかもしれない
       俺たちはアナドレン・チルドレン
       アナドレン・チルドレンは私たち

○  中央階段

    スピーカーから聞こえてくるドラムンベースの間奏。

    コロスに扮した女子生徒の面々が階段を上ってくる。

    と、リズムに合わせ、宙返りをしながら現れる男子生徒。

○  東階段

    ギターに合わせ、ダンスをしながら階段を上ってくる長瀬叡子。

    うしろから続くトーテキ姫と女子生徒たち。

    歌いだすのは「言ってみて」の1番だ。

       ねえねえ、お願いだから
       言ってみて
       言ってみて
       ここはどこ?
       わたしは誰?
       いったいあなたは
       そういうあなたは
       何者なのよ?

○  西階段

    ギターに合わせ、ダンスをしながら階段を上ってくる篠川久美。

    うしろから続くフォロー中と女子生徒たち。

    歌いだすのは「言ってみて」の2番だ。

       ねえねえ、お願いだから
       言ってみて
       言ってみて
       どうしてなの?
       いつからなの?
       いったいあなたは
       そういうあなたは
       何者なのよ?

○  学校の廊下

    中央階段のみんなといっしょになって踊る7人。

    いろいろな角度からレーザー光線が飛んでくる。

    射ぬかれないようミラーコートをひるがえす金森。

    ステップを踏んだり、とんぼを切ったり。

    怪獣は雄叫びを上げ、鳥獣は羽根をばたつかせる。

    草刈り機をうならせるオキナと一輪車の曲芸をこなすケイリン。

    佐伯が男子生徒を引き寄せ「知るもんか」を歌いはじめる。

       そうはいっても
       知るもんか
       何度聞かれても
       知るもんか
       おまえもじつは
       わかってんだろ
       俺は人前で言ってやる
       そうはいっても
       知るもんか
       本当のことなんて
       知るもんか
       その先のことなんて
       知るもんか

○ 3年D組

    教室に入って乱舞する7人組と中央階段のグループ。

    東側から歌って踊って歓呼する叡子らのグループ。

    西側から歌って踊って歓呼する篠川らのグループ。

    女の子を迎えて沸き返る男の子をコロスが盛り上げる。

    教室のあちこちで爆竹が鳴り、紙吹雪が舞う。

    みんながみんな、歓喜の渦。

○  教室から正面玄関へ

    と、女子生徒がいっせいに教室を飛び出る。

    紅潮した笑顔で階段を駆け降りていく。

    サカリがついたようにあとを追う男子生徒。

    一階まで駆け降りるともはや興奮のるつぼ。

    玄関ホールで『アナドレン・チルドレン』を歌う。

    全員そろっての大合唱だ。



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