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『たった一人のリアリティ、きみに捧げるディテール』 その弐

「変わり目」

            あるプロデューサーをめぐる物語


Locations

            ロサンゼルス周辺及びユタ州

Characters

           ・プロデューサー 芥子川昌 (35)

           ・キャメラマン助手 橘次郎 (29)

           ・”尽帯“のリーダー リーマン (46)

           ・男優(和田靖史役) 結城正人 (33)

           ・新人女優(森真希役) 飯野絵梨 (20)

           ・DIT トニー・ワイズリー (52)   



○  地下鉄の中(昌の夢)

    ドア口に立つ女子高生。

    降りる客でほっとするも束の間、乗ってきた客の圧力で車内の奥へ
    押しやられる。

    車両が動き出した途端、女子高生は複雑な表情で目をつぶる。

    いつもの視線、鼻につく口臭、乳房にへばりつく腕、太腿にあてが
    われた指。

    と、傍らにいる若い男性が悲鳴とともに膝をつく。

    床に輪のように血がしたたり、男性が手首を押さえている。

    剃刀を手にした女子高生。

    周囲のどよめきと沈黙、そして迫りくる多くの視線。

    飛びかかってきた男性に抵抗するうち、その喉元を切り裂く。

    血しぶきを上げて倒れる男性。

    周囲のありとあらゆる目がフラッシュバックのように迫る。

○  寝室

    ベッドの上ではっと飛び起きる、汗まみれの芥子川昌。

    夢からまだ覚めきらぬかのようにシーツを蹴飛ばし、枕を押さえつ
    け、マットを何度も叩く。

    カーテンの隙間から差し入る陽射し、ベッド脇の時計を見てやっと
    落ち着く。

    ため息。

○  リビング

    古くて狭いが、こぎれいに整理されたアパートの室内。

    下着とTシャツだけの芥子川昌が、コーヒーカップを手に窓の外を
    眺める。

    放心というか、昂揚というか、焦燥というか、諦観というか、複雑
    な眼差し。

○  窓の外

    春、アパートの最上階から眺められるサンタモニカの街並み。

    陽光があふれ、遠くにハリウッドの看板が見える。

 昌のN  「もう半年。これじゃ映画プロデューサーというより、自分が
       売り込んでる作品のストーカーになっちゃったみたい。どっ
       かでケリをつけなきゃいけないんだけど、あんな発見して、
       やめられると思う?」

○  昌の顔

    日光のきらめきが反射し、昌の目に入る。

    思わず顔をしかめる。

○  タイトル

    窓枠が崩れるように拡散。光のシャワーから滲み出てくるタイトル
    『変わり目』

○  海辺(『WHICH』の一場面)

    男女二人乗りの自転車がよろめきながら波打ち際を進んできて、つ
    いに横転する。

    砂浜へ体を抱き合うようにして倒れた二人は、ひとしきり笑ったあ
    と唇を重ねる。

    と、奥の岩陰で砂の中から這い出してくる人影が見える。

    ストップモーション。

○  リビング

    カーテンを閉めきった部屋でビデオ映像を見つめる芥子川昌。

    まったく同じシーンがモニター上でもう一度再生されるが、画面は
    夕景となっており、人影は見えない。

 昌のN  「これが本来の映像。『WHICH』のロマンチックな場面ね」

    同じシーンがさらにもう一度再生されると、次は月明かりの画面と
    なって人影は見えないが、クローズアップされた男の目が邪悪そう
    に輝く。

 昌のN  「すべて同じカットの同じテイクよ。ただ色味を変えてあるだ
       け」

    そのとき突然電話が鳴って、はっとする昌。

    時計を見て、あわてて受話器を取る。

○  レストラン

    メルローズのちょっとお洒落なイタリア料理店。

    料理をせわしく口へ運びながら話を聞く一方の橘次郎。

    料理よりワイングラスを頻繁に傾けつつ話す芥子川昌。

 昌のN  「彼、カメラマン助手にしては、イケてるでしょ。才能はどう
       かわからないけど、前向きで口の堅いとこがいい感じ。わざ
       わざロスまで寄ってくれたわけだし、この話、彼には教えて
       あげることにした。それが間違いのもとだったなんて今でも
       思ってないわ。でもまさか、彼にもあんな秘密があるとは。
       ……だから映画ってやめられないのよ、つくづくそう思う」

○  バー

    穴場的雰囲気のこぢんまりとした店。

    その一隅にブランデーグラスの昌とテキーラを飲む橘。

 橘次郎  「でも、いいのかなあ」

 芥子川昌 「久しぶりなんだし、泊まりにくればいいじゃない。それとも
       東京の彼女が気になる?」

 橘次郎  「そんなんじゃなく、こういう大事な問題は、生井監督や堀江
       先輩に伝えてあげたほうがいいんでは」

 芥子川昌 「監督は行方不明だし、あのカメラマンとは犬猿の仲だって知
       ってるでしょ。最初は首根っこ引っ掴んで訴えてやろうと私
       も思ったけど、じつはこれ、もっと深い意味があると思う
       の。私自身が試されてるっていうか、大きなチャンスになる
       かも」

 橘次郎  「取り憑かれてしまった、という感じですか」

 芥子川昌 「そうそう、でもクスリじゃないわよ。家にくればマリファナ
       があるけどね。それよりビデオを早く見せてあげたいわ」

 橘次郎  「昌さんは、”尽帯“って知ってますか」

 芥子川昌 「何それ」

 橘次郎  「尽力するの”尽“に、熱帯の“帯”。本当は言うつもりなかった
       けど、今日の話を聞いたら大丈夫かなって思って」

○  ラスベガス・コンベンションセンター

    毎年開催される世界的な映像機器展、NABの巨大な展示ホール。

    会場内には、撮影、照明、特機から、編集や合成、音響や上映、そ
    れに関連するアクセサリー類のメーカーが、大小さまざまなブース
    を出展。

    リュックを背負い、資料を片手にあちこち動きまわる橘次郎。

 橘の声  「ぼくがアメリカにきた理由、昌さんなら知ってますよね。毎
       年ラスベガスで開かれるNAB、デジタル映像機器の祭典を
       ぜひこの目で見ておきたかったんです。フィルム派の人間、
       ましてやエンジニアでなくクリエイターをめざす人間にはお
       門違いといわれそうですが、技術と内容はぼくらの世代では
       表裏一体の関係ですよね。業者の方に案内してもらったんで
       すが、クリエイティブな可能性をいっぱい見つけた気がし、
       アナログな人こそ行くべきだと思いました」

○  グランド・サークル

    ユタ、アリゾナ、ネバダにまたがる国立公園群。そのキャニオンラ
    ンズの景観。

    起伏の激しい渓谷や岩山にさまざまな鳥が棲息し、翼を広げ、上空
    を滑空する。

    リユックを背負い、双眼鏡を覗きながらバードウォッチングする橘
    次郎。

    イーグルの姿を追ううち、足を滑らせ崖を落ちる。

 橘の声  「そのついでに一週間ほど、グランド・サークルの国立公園を
       いくつかまわり、趣味のバードウォッチングで羽を伸ばすつ
       もりでした。都会の喧騒やせせこましい日々を忘れるには最
       高で、本当はこっちのほうが楽しみだったのかもしれませ
       ん。とくにキャニオンランズの自然はすばらしく、グラン
       ド・キャニオンやモニュメント・バレーの見慣れた雄大さとは
       一味違う感じがしました。そこで長居をし、林立する岩の間
       を飛ぶコンドルの軌跡を追ううち、足を滑らせ10メートル
       ほど崖を落ちてしまったんです」

○  バー

    少々苛々した面持ちで話を聞く昌。

 芥子川昌 「この話、本題があるんでしょうね」

 橘の声  「もちろんです」

○  キャンプ(夜)

    テントの中で目を覚ます橘次郎。傍らで介抱する一人の女性。

    と、数人の男が現れ、幌を取り去ると満天の星空。

    リーダーらしき東洋系の顔立ちをした男が、橘の頭、そして背中を
    なでる。

    上空はまるで星降る夜。

橘の声  「気がついたらテントの中にいました。背中を打ちつけ気絶して
      しまったらしく、近くで野営中の、フリスクからきたという同
      じ自然観察グループが介抱してくれたんです。翌日にはキャン
      プを出ることになりましたが、その彼らの観察手法が”尽帯“と
      いうセラピーだったんです」

○  バー

芥子川昌 「で、何をしてくれたっていうわけ」

橘の声  「ぼくを月へ連れてってくれました」

    思わずブランデーを吹き出しそうになる昌。

○  岩山の上(夜)

    星空の下、荒野を見渡しながら岩の上に座る橘とリーダーの男。

    橘は岩に寝そべり、天上に輝く満月を見る。

 リーダー 「自然は見方一つで多くの相貌を表す。映画でも同じはずだ。
       同じ被写体が、脚本や撮り方や編集によってさまざまな意味
       を生む。だれもがそれを鑑賞し、英気を得ている(英語)」

    その顔を見ようとする橘次郎。

 リーダー 「月を見ろ。……我々は今、そこにいる」

    橘が見上げると、夜空に大きく輝くのは青い地球だった。

    ふと目を下ろすと、あたりの荒野はまるで月世界の、静かの海のよ
    うだ。

○  バー

    テーブルをはさんで見つめあう昌と橘。

○  昌のアパート・寝室

    薄暗い室内のベッドで、昌と橘がお互いの体を貪りあう。

○  JR車両内(昌の夢)

    青梅線、奥多摩付近を走る電車の中、ドア口に立って窓の外を眺め
    る女子高生。

    と、一人の男の子が下半身裸で、泣き叫びながら車内を走る。

○  ノースハリウッド・4WD車内

    昌の運転する4WDがLAの街を走る。

 芥子川昌 「橘くん、あなたのお陰でますます『WHICH』から離れられな
       くなりそう」

 橘次郎  「ぼくも道連れですか」

 芥子川昌 「何言ってるの。あなたがさらにハメてくれたのよ」

 橘次郎  「『WHICH』はぼくにとっても忘れられない映画です。クラン
       クイン早々、主演女優が交代となって、出来上がったら監督
       は失踪してしまい、カメラマンは引退同然となっちゃった」

 芥子川昌 「でも私に出会えたでしょ。昨夜は最高だったし」

    車はやがてノースハリウッドの、ポストプロダクションの駐車場へ
    やってくる。

    スマートな外観の建物。

○  ポストプロダクション・廊下

    小粋にレイアウトされたロビーから廊下を折れ、昌と橘はカラー・
    コレクションの部屋(スィート)へ通される。

○  同・カラコレ・スィート

    最新式のカラーマネージメント・システムと大型のDLPプロジェ
    クター。

    扉が開けられると、オペレーター卓から笑顔で立ち上がるトニー・
    ワイズリー。

    差し出された手に親しく握手を交わす昌と橘。

○  同・大型スクリーン

    『WHICH』の例の場面が3パターン、続けて映しだされる。

 トニーの声 「最初が本来の夕景シーン。今日はミスター橘がいるから、
        撮影時の様子がいろいろ聞けるだろう(英語)」

 トニーの声 「次が昼光にしたシーン。赤味を中心に色を抜き、イエロー
        成分を加えている。地面から這い出てくる人間は、合成で
        はありえないはずだ」

 トニーの声 「最後がナイトシーンだ。今のに黒を乗せて全体に色を抑
        え、グリーンとブルーを捕色させている。邪悪そうに目が
        光るのは偶然の産物だと思う」

○  レイク・パウエル

    壮大な人造湖のほとりに立てられたテント。

    その傍らで”尽帯“のリーダーが瞑想するように立ち続ける。

    刻々と変化する光と影、湖面に映る雲が高速で進んでいく。

○  カラコレ・スィート

    トニー・ワイズリーがカラコレの仕組みを説明している。

    スクリーンにはグラフや図形やイラスト。

    そしてサンプル映像を使った簡単なデモ。

    感心した面持ちで眺める二人。

    ひと通り終わりかけたころ、橘が振り向く。

 橘次郎  「トニーさん、一つお願いしてもいいですか(英語)」

○  フリーウェイ・4WD車内

    15号線フリーウェイを北東へ疾走させる昌と橘。

 橘次郎  「参ったな。本当に向かっちゃうんだから」

 芥子川昌 「もどかしいじゃない。あなたはこうしたくならないの?」

 橘次郎  「わかりますけど、テンポが速すぎる」

 芥子川昌 「制限速度は守ってるわ。今晩、ベガスのモーテルに泊まって
       朝いちに出発すれば、明日の今ごろはキャニオンランズの岩
       の上よ」

 橘次郎  「彼らは絶対、もう移動しているはずです」

 芥子川昌 「行けば、何か手がかりがあるかもしれないでしょ。それにあ
       なたが話した月世界というものを、私も見ておきたい」

    ほんの一瞬、顔を合わせる二人。

○  カラコレ・スィート

 トニー  「このカットでいいのかい(英語)」

    スクリーンに映しだされる『WHICH』の情景カット。

    富士の裾野にまっすぐ伸びる道路を赤いスポーツカーが駆け抜け
    る。

 トニー  「これを、同じように夕景とナイトにすればいいんだね」

 橘次郎  「ええ、やってみてください」

    すばやい処理と的確なオペレート。

 芥子川昌 「あなた、この情景がお月様の荒野になりかわると思ってるの
       ね(日本語)」

 橘次郎  「ほかにも何か、すごいものが出てくるかもしれませんよ」

 トニー  「さあできた。こんな感じでいいかな(英語)」

    2パターンの映像が順番に映しだされる。

    妙な物体は出てこないが、いずれも印象はまったく異なる。

    夕景はフォトジェニックな効果を醸しだし、ナイトは本当にべつの
    惑星のようだ。

 昌と橘  「わぉー」

○  フリーウェイ(夜)

    砂漠地帯からラスベガスのイルミネーションのもとへ向かう車。

○  同・4WD車内

 芥子川昌 「つい数日前、ここにもあなたはいたんだわ」

 橘次郎  「カジノで遊んでいたわけじゃありません」

 芥子川昌 「ある意味ここも、別世界よね」

    町の中心へ行く手前で、車はモーテルの看板を折れていく。

 橘次郎  「(思い出したように)あとでちょっと寄ってみたいとこがあ
       るんですけど、昌さんもきます?」

    ちらっと振り向き、興味深そうに目を光らせる昌。

○  目(クローズアップ)

    人の目。

    どんな意味をもはらむような目。

    分かれ目

○  地下駐車場

    広い駐車スペースの一角に停車する4WD。

○  同・4WD車内

    ある一点をじっと見つめる運転席の橘。

    うつろな目で前方を眺める助手席の昌。

    と、エレベータを降りて出入り口から男が歩いてくる。

 橘次郎  「きました。やっぱりまだいたんだ」

 芥子川昌 「えっ、だれのこと?」

 橘次郎  「わかりませんか、あの男」

 芥子川昌 「……あら、結城さん?」

 橘次郎  「何言ってるんですか。和田ですよ。さっき『WHICH』で見た
       ばかりでしょ」

 芥子川昌 「役名はそうだけど、俳優の結城正人じゃない」

    二人の視線の先で男は車に乗ると、タイヤを軋ませて走り去る。

    あの、赤いスポーツカーである。

 橘次郎  「ほら、あの車だ。和田靖史に間違いありません」
    と、急いで車を発進させる。

    前方と、橘の横顔を交互に見やる昌。

○  殺風景な街区(夜)

    赤いスポーツカーが黄色いクーペと並び、トレーラーハウスの横に
    停まっている。

    ラスベガス郊外のうらぶれたブロック。

    徐行し、建物の影に距離を置いて停まる4WD。

○  同・4WD車内

    先方にじっと目をやり、それを見張る構えの橘。

    昌はいくぶん呆れた様子。

 芥子川昌 「こんなことをする必要ないんじゃない。知ってる相手なん
       だから直接会って、事情を訊いてみればいいのよ」

 橘次郎  「彼は人を殺して逃げてるんです。もし真希さんが一緒だった
       ら、彼女の身に万が一のことがあったら」

 芥子川昌 「だからそれは映画の話でしょ」

 橘次郎  「昨日からぼくらは、ずっとその話をしてるじゃないですか」

 芥子川昌 「えー! ……だったらこう言うわ。和田は真希のことを愛し
       てるから、彼女が傷つくような真似は決してしないわ」

 橘次郎  「甘いな。和田は彼女を愛してるんじゃなくて利用してるんで
       す。だいいち、好きな人だから傷をつけないなんて、そんな
       ことありえないって昌さんならわかってるはずでは」

 芥子川昌 「……」

    思い余した顔つきの昌。

    しびれを切らしたようにドアを開け、トレーラーハウスへ向かって
    駆け出す。

 橘次郎  「待って!」
    と、その後を追いかける。

○  トレーラーハウス・外(夜)

    入口付近まできて耳をすませる昌。

    遠く街の喧騒が聞こえるだけで周囲は静まり返る。

    扉に触れるとそれがそっと開き、うっすらと灯りが洩れる。

    おそるおそる顔を入れてみるが、中にひと気はない。

 芥子川昌 「エクスキューズ・ミー」
    と、思い切って足を踏み入れる。

○  トレーラーハウス・室内

    愕然とした表情の昌。

    そこはまるでメイクルームのように鏡が並んでいた。

    突然、車のエンジン音がする。

    はっと振り返って扉の外へ出る。

○  トレーラーハウス・外(夜)

    入口の段差を駆け下りる昌。

    赤いスポーツカーと黄色いクーペが走り去っていく。

    橘の姿は見えない。

 芥子川昌 「(呼びかけるように)橘くん、どこ!」

    あわてて4WDへ向かう。

○  殺風景な街区(夜)

    4WDのドアを開けようとし、昌は荒い息で周囲を見まわす。

    うらぶれた景色と彼方のイルミネーション。

    天を仰ぎ、途方にくれる。

○  フリーウェイ・4WD車内

    強い陽射しの中、たった一人で車を走らせるサングラス姿の昌。

    窓の外には赤茶けた砂漠と険しい山脈ばかりが迫ってくる。

○  ドライブイン・外

    岩山に囲まれたカナブの店から昌が出てくる。

    車へ戻ると、手にしたノートを後部席に置かれたままの橘のリュッ
    クに入れる。

    そして北東に向け4WDを発進させる。

○  映画館の前

    ウェストウッドのさびれた名画座。

    80年代の青春もの『ランブルフィッシュ』『アウトサイダー』を
    上映中。

    舗道へ歩き出した昌は、自分の名を呼ばれた気がしてあたりを見ま
    わす。

 トニー  「ここだよ、昌。久しぶりじゃないか(英語)」
    と、路肩にオープンカーを寄せる。

 芥子川昌 「トニー! こちらこそ、お世話になって以来それっきりで、
       申し訳ないわ。いずれ伺うべきだと思ってたところ」

 トニー  「(映画の看板を見てウインクすると)例のあれは、解決した
       のかい?」

 芥子川昌 「(首を振って)深まる一方よ」

 トニー  「ミスター橘はどうしてる?」

 芥子川昌 「(肩をすくめ)ええ、映画に夢中みたい」

 トニー  「いいことだ。いつでも、また相談してくれたまえ」
    と、車を発進させ去っていく。

 芥子川昌 「OK、バーイ」
    と、手を振ってからつぶやく。

 芥子川昌 「もう映画だけのことじゃないんだから……」

○  キャニオンランズ国立公園

    広大な公園の入口で4WDを停め、標示板を見る昌。

    橘が残したノートと望遠鏡を持ち、各地の軌跡をたどる。

    峻厳な山脈、迫りくる絶壁とその麓を流れる細長い清流。

    侵食によって形成されたニードレス地区の奇妙な尖鋒群。

    コロラド川を見下ろすアイランド・イン・ザ・スカイの絶景。

    だが橘や”尽帯“の手がかりはなく、コンドルの姿さえない。

○  フリーウェイ

    奇岩の林立する荒野の中を赤いスポーツカーが疾走していく。

    しばらく後を黄色いクーペが追いかけるように爆走していく。

○  昌のアパート・リビング(黄昏)

    タンクトップ姿の昌がビールを手に窓の外を眺める。

    初夏の雰囲気。

○  インディアン居住区

    工芸品店の前にある日陰で、腰をおろして寛ぐ”尽帯“の一団。

    その横でインディアンの子供たちがミニカーで遊んでいる。

○  昌のアパート・リビング(夜)

    テレビのつまらない番組に飽き、自然とあのビデオに手が伸びる
    昌。

    富士裾野のカットを見ていたとき、電話が鳴る。

    一瞬迷ったあげく、受話器を取る。

 芥子川昌 「ハロー」

 橘の声  「昌さん、約束は守ってくださいね。今、近くにきています」

 芥子川昌 「た、橘くん! 今どこにいるの! 約束って何よ!」

 橘の声  「あ、あの、あれ……」

 芥子川昌 「えっ」
    と、受話器を耳にしながらリモコンを動かしてみる。

    そしてモニターに映った映像に絶句する。

    それは例の夜のカットで、富士裾野を疾駆する赤いスポーツカーの
    後を、黄色いクーペが追跡していたのだ。

 芥子川昌 「(受話器に向かって)ねえ、どういうことなの! 今どこな
       の!」

    だが応答はなく、電話は切れている。

    受話器を叩きつけ、モニターのもとへ走る。

    かぶりつくように、まぢかで繰り返し見る。

    と、窓の外から聞こえてくる車の爆音。

    窓へ走ったあと、思い直して部屋を飛び出す。

○  アパートの前(夜)

    玄関から飛び出してくる昌。

    と同時に、2台の車が目の前を爆走していく。

    走って追おうとするが、車の影は小さくなり、すぐに置いてきぼり
    となる。

    道の真ん中で立ちすくみ、やがて天を仰ぐ。

    頭上で満月が輝いている。

○  荒野の線路沿い(夜)

    月明かりの荒涼とした風景。

    延々と続くアムトラックの線路。

    長い貨物列車が轟音を立てて過ぎていく。

    線路沿いを、リーダーを先頭に黙々と歩く”尽帯“の一団。

○  昌のアパート・リビング(夜)

    モニターの前で倒れるように眠る昌。

    砂嵐となった画面が雑音を響かせている。

○  海辺(昌の夢)

    岩陰で、砂の中から這い出てくる人影。

    徐々にその貌が明らかとなり、橘次郎であることがわかる。

    と、砂浜を駆け出し、波打ち際で戯れる和田の背中にナイフを突き
    刺す。

    泣き叫ぶ女性の肩を抱き、顎に手をやりそっと正面を向かせる。

    見つめあう橘次郎と芥子川昌。

○  昌のアパート・リビング(朝)

    はっと目覚める昌。モニターの前でそのまま眠ってしまったよう
    だ。

 芥子川昌 「(苦笑しつつ)んなわけねーだろ」

    そうつぶやいたあと、くだらなさそうな番組を流すテレビのスイッ
    チを切る。

○  静かの海

    月面の荒野。

    岩の上に立ち、青い地球を見上げている”尽帯“のリーダー。

○  同・リビング(夜)

    照明を落とした部屋に、窓から入ってくる心地よい夜風と月明か
    り。

    ソファで膝を組み、ビデオの『ワン・フロム・ザ・ハート』を見る
    昌。

    そこへ鳴りひびく電話の音。

    時計を見て、あわてて受話器を取る。

 橘の声  「昌さん、またすっぽかしですか。約束は守ってくださいよ」

 芥子川昌 「ごめん……」

<終>


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