見出し画像

『学校で起こった奇妙な出来事』 ③

③ 「教頭をやっつけろ」


○  学校の正門

    例によって朝の生活指導。

    竹刀を持った教頭が門の脇に立つ。

○  通学路

    生徒の姿はまだわずか。

    大きな荷物を持ったオキナがひょこひょこ歩いてくる。

○  学校の正門

    じろりとオキナを見る教頭。

 海老田洋 「あー、園芸部のオキナくんだったな」

 オキナ  「教頭先生、おはようございます。朝早くからご苦労さまで
       す」

 海老田洋 「うん、おはよう。ところで、きみが持っているそれはなん
       だ?」

 オキナ  「この草刈り機のことですか」

 海老田洋 「そんなものを、どうして学校へ持ってくるんだね?」

 オキナ  「ずっと園芸部でリクエストしてたんですが、なかなか用意し
       てもらえなくて。しょうがないから家にあるのを持ってきた
       んです。これで学校もかなりきれいになるはず」

 海老田洋 「それはありがたいことだが、事故のないよう安全には気をつ
       けなくちゃならん。管理は顧問の先生へお願いするように」

 オキナ  「もちろんです。教頭先生もぜひ使ってみてください。竹刀を
       振るより学校の美化に役立つはずです」

 海老田洋 「そうだな。もう行っていいぞ」

○  大野屋のテラス

    テラスの入口に立つ金森。

    奥のテーブルで背を丸める佐伯。

    単語帳をめくりながらハンバーガーにパクつく。

    金森が忍び足で近づき、その背中を力いっぱい叩く。

 金森淳  「オッス!」

 佐伯哲男 「グエッ、ペッ、チクショー、ペッ、驚かせやがって、ペッ、
       クソッ!」
    とつんのめり、食い物をあたりに吐き散らす。

 金森淳  「汚ねえなあ。店の中のお婆に見つかったら大変だぞ」

 佐伯哲男 「ペッ、よく言うぜ」

 金森淳  「慣れないことやってるせいさ」

 佐伯哲男 「今週受からないとまた補習だからな。ペッ」

 金森淳  「口を拭けよ。ケチャップがついてまったくの阿呆づらだぜ」

 佐伯哲男 「ペッ、アプリがバレたのはお前のせいなんだぞ」
    と、近くの紙で口のまわりを拭く。

    きれいになるどころか汚れは顔中に拡散。

 金森淳  「例のやつは、ちゃんと持ってきたんだろうな」

 佐伯哲男 「ありがたく思え。ジュンの頼みだからムリしてんだ」
    と、テーブルの下のボストンバッグを足でひきずりだす。

    その仕種をまねて足で受け取る金森。

 金森淳  「傑作なアイディアだって、テツボーも喜んでたじゃないか」

 佐伯哲男 「でも姉貴には内緒なんだからな」

 金森淳  「ああ、まさか同じ女子高の制服がオークションでゲットでき
       るなんてね」

 佐伯哲男 「転売しまたサバかなきゃならないし、姉貴に知られるとマズ
       いからくれぐれも粗相のないように」

 金森淳  「わかってるって。佐伯沙織といえば町いちばんのスケバンだ
       もんな」

 佐伯哲男 「その言い方、とっくに死語」

 金森淳  「姉さんって、痩せたビリー・アイリッシュ、彼女が日本語を
       喋ってるみたいじゃん。俺もあの女子高へ進学したいよ」

 佐伯哲男 「冗談はやめろよ。ジュンは実態を知らないからそんな幻想も
       つんだ。弟の身にもなってみろ」

 金森淳  「ヤンキーだかコギャルだか何とかJKだか知らないが、それ
       で女子高生に偏見もつんじゃ人生の楽しみなくしたも同然。
       ……でもなあ、姉弟でこれほど似てないのも珍しい」
    と、佐伯の顔をじっと眺める。

 佐伯哲男 「大きなお世話だ」

 金森淳  「なんだかこの俺まで情けなくなってくる」
    と、バッグを肩にかける。

    屁をかまして急ぎ足で駆けていく。

    背後から、食い切れやピクルスが猛烈な勢いで飛んでくる。

    そこへ竹ぼうきを持って飛んできた大野屋のお婆。

    思いっきり佐伯の後頭部を叩きのめす。

○  真下書房

    一階が本屋、二階が文房具売り場の学校指定の店。

    参考書を手にとり、ガラス越しに校門の様子をうかがう金森。

    と、階段を降りてきた叡子がその腕をつかむ。

    そして店の隅へと金森をひっぱっていく。

 金森淳  「お、なんだなんだ」

 長瀬叡子 「遅刻の常習犯が、やけに早いのね」

 金森淳  「……俺たち、受験生じゃん」
   と、手にした参考書を開く。

   しかしそれは1年生用のもの。

 長瀬叡子 「もう一度、1年生からやりなおすつもり? 最近、目覚めの
       いいことがほかにあるんじゃない?」

 金森淳  「多感な時期だからね」

 長瀬叡子 「何に感じてるんだろう。昨日、あのビデオがテレビのワイド
       ショーで取り上げられたこと、知ってる?」

 金森淳  「そうだったんだ」

 長瀬叡子 「テレビ局の人が生徒をつかまえて取材してるって、大騒ぎな
       のよ」

 金森淳  「面白いじゃんか」

 長瀬叡子 「また、とぼけてる。私にはなんでも話してくれるって約束し
       たじゃない」

 金森淳  「そんな約束したっけ。だいいち知らないこと話せないだろ」

 長瀬叡子 「あきれちゃうなあ」

 金森淳  「A子さ、ずっと勘違いしてないか」

 長瀬叡子 「そういうつもりなのね」

 金森淳  「いい加減にしろよ。テレビ局のことはいずれ調べておく」
    と、つかまれている腕を振り離す。

 金森淳  「俺はA子のこと好きなんだぜ」
    と、じっとにらみ返す彼女に付け加える。

    何か言い返しそうな長瀬を置き、金森はバッグを抱えて走り去る。

    店の前で雑誌を開き、一部始終を見ていた新井裕子。

    横を金森が通り過ぎ、校門とは反対側へ走っていく姿を目で追う。

    そして店頭のガラス越しに叡子を見る。

○  学校の前庭

    片隅に見るからに怖そうな女、レディース姿の金森が立つ。

    窓の映った姿を見て我ながらうっとり。

    正門では教頭の海老田が竹刀を振りかざし、生徒を威嚇中。

    金森は動きまわっていくつかポーズをとる。

    離れてるせいか教頭は気づく様子がない。

    疲れて、植え込みの陰で一服する金森。

    と、奇妙な棒が視界を横切っていく。

 海老田洋 「朝の一服はうまいか」

    竹刀を手にした教頭が目の前にいる。

 金森淳  「(とっさにオカマ声で) ええ、とっても。よかったら、教頭
       先生もどうぞ」
    と、火のついた煙草を教頭のシャツにねじ込む。

    そして一目散にダッシュ。

 海老田洋 「コラッー! 待たんかー。熱ッ、アチチッ、アッチチ」
    と、追いかける教頭。

○  中庭

    芝生がきれいに刈り込まれ、花壇のつつじは満開。

    噴水がしぶきを上げ、池の鯉が水面を跳ねる。

    そこへ追いつ追われつ二人が駆け込んでくる。

 海老田洋 「おのれー! 何年何組の者だー、学校にいられないようにし
       てやる」
    と竹刀を手に胸をはだけ、ぜいぜい言いながら駆けてくる。

    ぶざまなガニ股走り。

 金森淳  「あらヤダ~! 教頭センセ~、それはアタシのセリフよ~ん」
    と茶髪を押さえ、もう一方の手でスカートの裾を持ち上げて走る。

    異様な大股びらき。

    渡り通路を抜け芝生周辺へと至る。

    機械の回転音が聞こえ、オキナが草刈り機で雑草を刈っている。

    金森がその背に飛びつき、からだをひねってやる。

    草刈り機の先端が教頭に向かい、駆けてきた股間を切る。

    ズボンが破れて柄のパンツが覗く。

 金森淳  「まあッ、意外と派手好みじゃ~ん」

 海老田洋 「凶器を使うとは、この卑怯者めー」

 オキナ  「教頭先生、これ草刈り機なんです」

 海老田洋 「ワシの大切な体を刈ってどうする」
    と、竹刀でオキナに面を食らわす。

○  自転車置き場

    逃げてくる金森を追う教頭

    自転車の間をまたいだり、もぐったり、けつまずいたり。

    しまりのない逃亡と追跡。

    はためには二人がじゃれあっているようにも。

    と、車輪に足を取られ転ぶ二人。

    金森の下半身に教頭の上半身が覆いかぶさる。

    スカートの太腿に滑り込む教頭の顔面。

    汗とよだれと熱い息が吹きかかる。

 金森淳  「キャ~ッ、何すんのさ。この助平オヤジ!」
    と、悲鳴を上げる金森。

 海老田洋 「グェーッ、勘違いすんな。このオカマ野郎!」
    と、怒号を上げる教頭。

○  裏庭

    その先にはさびれた木造便所と焼却炉があるだけ。

    やっとの思いで逃げてきた金森。

    行き止まりの壁を背にしてイヤイヤのふり。

 金森淳  「もう、これ以上私に近寄らないでくださいッ!」
    とくやしそうな表情で内股を震わせ、胸を両手で覆う。

 海老田洋 「ふふ、いまさら泣き言をわめいても遅いわッ!」
    と肩で息をしながらにじり寄り、獲物を追いつめた形相。

 金森淳  「ヤメテエ~!」

 海老田洋 「ざまみろッ!」

    ついに襟首をつかまれる。

    と思った瞬間、視界から教頭の姿が消えていく。

 海老田洋 「あれぇ~、しょぇ~、ひゃぇ~」

    風変わりな絶叫が聞こえてくる。

    同時にドッボ~ン、チャップンという反響する音。

    金森の足元には蓋を外された肥だめのマンホール。

    一面に漂う強烈な糞尿の匂い。

 金森淳  「ざまをみるのは、オタクのほうよ~ん」
    と、鼻をつまんでほくそえむ。

○  焼却炉の陰

    制服に着替える金森。

    セーラー服は破れ、どことなく臭い。

    顔をしかめつつ丸めてバッグにしまう。

○  裏庭

    始業準備のチャイムが響きわたる。

    と、猛烈な勢いで突進してくる競技用自転車。

    ハンドルを握るのは学生服の上にゼッケンをつけたケイリン。

    自転車置き場を回り込み、スポーツウォッチを見る。

 ケイリン 「今日はあのクロージングだな」
    とつぶやき、腰を上げる。

    ペダルを踏み込み、裏庭の先を見つめる。

    が、手前のマンホール付近がいつもと違ってみえる。

    陽炎のように揺らぎ、何やら盛り上がってくるようだ。

 ケイリン 「なんだ、ありゃ?」

    肥溜めの中から丸い空を見上げていた教頭。

    ほうほうの体で這い出ようとする。

    全身がぬるぬるし、精いっぱいの力で顔を出す。

    と、目の前に光るものが見える。

 海老田洋 「なんだ、ありゃ?」

    一瞬のできごとだった。

    教頭の頭に突進してきた車輪が激突する。

    横転しかけたケイリン。

    体勢を直そうと足を振り、教頭の顔面に蹴りが決まる。

    後頭部をマンホールの側壁に打ちつける教頭。

    奇妙な叫び声とともに再び肥だめの底へ落下していく。

 ケイリン 「なんだ、いまの?」

    アクロバティックな動きでやっと自転車が止まる。

    訝しげな表情で振り向くケイリン。

    焼却炉の先で金森がげらげら笑っている。

    足下に目をやるとスニーカーが黄色くなっている。

    顔を近づけてみるケイリン。

  ケイリン 「うんち臭え!」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?