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短編小説:「刻まれたホーム」

駅のホームは古く、濡れた木のベンチが一つポツンと佇んでいた。朝露に濡れたベンチに、二つのコーヒーカップが残されており、その一つはまだ温かみを帯びている。そこには、風にめくれたページが一枚、写真アルバムから飛び出していた。それは、若かりし日の彼と彼女が肩を寄せ合い、無邪気に笑う姿が捉えられている写真だった。

彼らはこの駅で何度も別れと再会を繰り返した。毎回、彼が旅に出るたび、彼女は彼の無事を祈りながら、このホームでコーヒーを二杯手に待った。二人の会話はいつも、これから見たい景色、訪れたい場所、そしていつか一緒に暮らす家の夢で溢れていた。

しかし、時は流れ、彼が予告なしに戻らなくなった日が来た。彼女は理由も分からぬまま、彼の帰りを待ち続けた。彼女は毎年、彼が旅立った日にホームへ戻り、二杯のコーヒーを注文する。その一杯は彼が帰ってきたときのために、いつも温かく保たれていた。

今日もまた、その日が巡ってきた。ベンチに座る彼女の手には、いつものように温かいコーヒーが二杯。彼女はふと、風に舞った写真を手に取る。その写真を見つめる彼女の目には、過ぎ去った日々への郷愁と、彼への深い愛情が滲んでいた。

「帰ってこない君へ、でも待ち続けるよ。」彼女はそっと呟いた。彼女の声には、希望と絶望が交錯していたが、彼への信じる心は揺るがない。

コーヒーの一杯が冷めるにつれ、彼女はまた一年の孤独を覚悟する。しかし、このホームで過ごした時は永遠に彼女の心の中で温かいままで、二人が共に過ごした時間は、彼の不在を越えて、今も彼女を支え続けている。

この物語の中で直接的には語られない彼の存在。彼女の毎年の行為と、ホームに残された小さな痕跡から、彼らの愛の深さが読者に感じ取られる。時間が過ぎても変わらぬ愛情と、記憶の中で生き続ける彼の姿が、この物語の核となっている。

白木蓮にも似た その白い翼で まだ見ぬ世界 未来という 果てしない空へ 旅立ってゆくのですね まばゆいほど輝いて 旅立ってゆくのですね 温かな巣をあとにして 愛と涙 そして知るだろう 人生という名の迷路の果てに 信じ合えることの喜びと 悲しみを知った分 優しくなれることを

筒井 雅子/あなたへ〜旅立ちに寄せるメッセージ~