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月見うどんのつきみ

 月見うどんを作る時、わたしは親鳥の気持ちになる。
 わたしは極度のめんどうくさがりなので、月見うどんを作るときに入れるのは卵だけだ。とろろやネギなんてものはいれない。素の月見うどん。
 うどんを茹でて、お湯を切り、お皿に盛って、その上に卵を割る。そして、熱々に沸騰した麺つゆをゆっくりかけて完成だ。
たったこれだけの工程でも、こうすることでより美味しくなるという大事な工程が一つある。卵を温めることだ。
温めると言ってもまさかレンジでチンなんてしたりしない。冷蔵庫でひんやりしている卵を手で温めて常温に戻すだけだ。
 卵を常温にすると、熱々の麺つゆをかけた時にゆっくりと白身の色が透明から白に変わり、ふんわりぷるぷるになる。しかし、卵が冷たいままだとあまり白くならず、満足したぷるぷる加減にならないのだ。 
わたしはこの絶妙なぷるぷる具合が好きだ。
麺と一緒に食べることを考えて、食べる前から幸せな気持ちになる。
うまく白身がぷるぷるにならなかった日はそれなりに落ち込む。
わたしにとって卵を常温にする工程は、その日の自分の気分を上げるために欠かせないのだ。
そのためにはまず、冷たい卵を手で温めなくてはならない。
 冷たい卵を手で包んで熱を卵に分け与える時、いつも親鳥はどんな気持ちで卵を温めるのだろうと思う。
まさか「美味しくなってね」なんて思うはずもない。
そもそも気持ちもなにもないのか。
鶏のほとんどは、その卵が有精卵か無精卵かも考えずに温めているんだもの。
そんなことを考えているうちに卵が常温になり、わたしはまだ少し温かい麺の上に卵を割る。そして、熱々の麺つゆをゆっくりかけているうちに鶏の思いなんてすっかり忘れてしまうのだ。


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