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第1回:想像を超えるスピードで進行する温暖化

■重要なマイルストーン
 日本は、昨年に続き、今年もまた記録的な猛暑と大雨に見舞われている。こうした異常気象は日本だけでなく、世界中で頻繁に発生し、欧州、南アジア、アフリカ、アメリカ、カナダなど、多くの地域で半ば日常化している。グテーレス国連事務総長は「気候野心サミット」で、「人類は地獄の門を開けてしまった」と警告した。
 このような背景を踏まえ、わたしは気候変動に再び焦点を当てる連載を始めようと思い立った。理由は2つある。一つは3年前に執筆した「昆正和の気候クライシスとBCP」では、当時は気候危機の認識が新型コロナウイルス・パンデミックほど高くなかったこと。もう一つは、気候リスクを単に原因事象として紹介するのではなく、皆さんの生活やビジネスにどのような影響を及ぼすのかを実感できるように、つまり結果事象として伝えたいと考えたからである。
 そこで一つの鍵となるのが「2030年」である。地球の平均気温を産業革命前の水準と比較して(安全圏とされる)1.5℃に抑えるためには、2030年までにCO2の排出量を半減させる必要がある。しかし現実は目標にはほど遠く、2030年には世界の平均気温が1.5℃を超えてしまう可能性がある。わたしは2030年を重要なマイルストーンと捉え、この年までに何が起こりうるのかを"シナリオ"として描いてみることにした。

■2023年ははやくも1.5℃を超えた!
 気候変動のシナリオについて考えるとき、すぐに思い浮かべるのはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の「シナリオ分析」とNGFS(気候変動リスクに係る金融当局ネットワーク)の「気候シナリオ」の2つだ。当初、わたしはこれらのシナリオをそのまま参考にしながら連載を書いてみようと考えたのだが、いろいろ調べていくうちに少しブレーキをかけざるを得なかった。
 というのは、これらの予測が示すシナリオは少し甘いのではないかと考えたからだ。例えば2023年10月6日付けの英国BBCニュースは次のように伝えている。「世界各国は、気候変動による深刻な影響を回避するため、世界の平均気温の上昇を工業発達以前に比べて摂氏1.5度に抑えようとしている。しかし今年に入り、この重要な「境界値」を科学者が懸念するような速度で超えていたことが、BBCの分析で明らかになった」と。
 わたしは先ほど「2030年には世界の平均気温が1.5℃を超えてしまう可能性がある」と書いたが、一時的ではあるが、すでに超えてしまっているのだ。この異常高温は、ありきたりの気象解説が示すように、偏西風の蛇行やエルニーニョによって"たまたま起こったこと"であり、来年はまた平年並みの気温に戻るだろうと信じたいところではある。しかしBBCニュースは無情にも「2024年はさらに暑い年になる可能性がある」と結んでいる。
 気候変動の研究者たちも、想定を超える気候悪化の速さに少し焦り始めているであろうことは、想像に難くない。

■シナリオを単なる作り話にしないために
 このような経緯もあってわたしは、基本的にはTCFDやNGFSのシナリオを参考にしつつも、これらよりも少しシビアな予測で描いてみることにした。
 また、信頼し得る科学的事実と世界の動向にも着目した。例えば、世の中には気候変動を否定したり、温暖化の原因は二酸化炭素ではないとする意見がある。しかし本稿では、「地球温暖化の原因は人間が放出した二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスであり、科学的に証明された事実である」というスタンスを採用する。
 どの科学的視点を重視するかについても重要なポイントとなる。例えば2023年9月にリビアで発生した壊滅的な大洪水について、日本の専門家は「ダムの構造がずさんだった」「干上がった河床に街を作った」ことが被害を拡大させたと説明する。しかし、国際的な科学者のグループである「ワールド・ウェザー・アトリビューション」は、気候変動の影響で豪雨の発生確率が50倍も高まったことが主な原因であると指摘する。ここでは後者の見解を重視するのが妥当だろう。人為的な過ちに原因があるとする前者の見方では、過去にこれほどの大災害が一度も起こらなかった理由を説明できないからだ。
 さらに、化石燃料(石炭、石油、天然ガスなど)などは将来の動向を占う重要なファクターとなる。例えば10年以内に化石燃料の需要がピークに達するという予測がある一方で、2050年まで化石燃料の消費は伸び続けるとの強気の意見もある。どちらに焦点を当てるかによって、将来のシナリオが大きく異なることは言うまでもない。

(次回へ)


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