見出し画像

言葉を使わなくても

「あのさぁ、お昼ご飯どうする?」

夫が在宅勤務をしている部屋の扉を開けて声をかけた。

「麺類、ご飯?どっちがいい?」
「はい。はい。」

どっちにするのかと思って待っていると

「そうですね。うんうん」

と続く。明らかにこれは麺類かご飯ものへの返事ではない。やばい、電話してるやん!心の中で

「すみませんでしたぁ」

と言いながらそっと扉を占めた。仕事に区切りがついた夫に

「ごめん。電話してたんやね」

と言うと

「焦ったわ」

と言いながら、話しかけてきた私に状況を伝えようと必死だったらしい。一生懸命「電話中」だとジェスチャーをしていたとのこと。

「いや、見えへんから!!」

と全力で突っ込んだ。 分かっていたけどとっさに手が動いたと夫は笑いながら話していた。在宅勤務中は私もちょっと物を取りにいくぐらいにして、集中できる環境を作らないととは思っている。でも、部屋を開けたときにいつも通りの様子だと、つい話しかけてしまったのだ。

身振り手振りは文字通り身体を使って相手に状況を伝えることができる。でも、生まれつき全盲の私にとってはなじみのないものだ。ではどうすれば言葉もジェスチャーも使わずに私が状況を把握できるのか。

最初に思いついたのは、触って分かる物で工夫できないかということだ。オンライン会議や電話での打ち合わせの前に、私が必ず触るところである、ドアノブにぬいぐるみを引っかけておくのはどうだろうか。ノブに触れた瞬間に「入ってはいけない」ことが分かる。でも、これでは事前に予定が決まっているものしか対応ができない。夫が引っかけるのを忘れることもあるだろう。とっさの電話にも対応するためには、部屋に入った瞬間に気が付く仕掛けが必要になる。次に思いついたのは、においを使うことだ。危険を察知して部屋に入りたくなくなるようなにおいがすれば、反射でドアを占めるかもしれない。夫に話すと

「ニンニクのにおいとか?」

と言ったので

「私はドラキュラか!」

と突っ込んだ。試しに「ニンニク スプレー」で検索すると、家庭菜園の害虫駆除用スプレーの作り方が出てきた。私はドラキュラじゃなくて虫やったんか。流れで「臭い 香水」で検索してみた。一番最初に出てきたのは、存在だけは知っていた「う○ち香水セット」。強烈なにおいだとか、長時間残る異臭というレビューがあった。どれほどの悪臭なのか少し興味が沸いたものの、さすがに買うのはやめておいた。これを買った人はどういう用途で使ったのだろうか。罰ゲームかな?

「部屋に入っちゃダメ」

という危険は察知できるかもしれないが、これでは夫も仕事どころではない。せっかく香りを使うなら、癒しや集中力が揚がるアロマスプレーを使ってみるのはどうだろう。試しに、私が使っているラベンダーのアロマスプレーをオンライン会議や急に電話がかかってきたときに部屋にプッシュしてもらおうと思って夫に提案した。

「香り系はアレルギー体質やから、くしゃみが止まらなくなるからあかんわ」

と。悪いにおいはともかく、いいにおいのものもだめだったか。香り作戦は使えそうにない。何とかして私が部屋に突撃せずに、夫が快適にテレワークができる方法を探していこう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?