19:おばあちゃんと針仕事/哀しい現実
おじいちゃんが亡くなり、誰も継ぐ人の居なかった豆腐屋を、おばあちゃんは潔く閉めた。
けれど、副業の一環で行っていた針仕事だけは続けていた。
例の自転車で斡旋所まで行き、締め切り日までに出来そうな仕事を選んで、家に持ち帰って作業をする。完成したら斡旋所に持って行って納品。次の仕事を選んで再び家に持ち帰り……というシステム、だったらしい。
実のところ、詳しいことは全く知らない。
自分の事を語りたがらない性格に加え、おばあちゃんは非常に『恥ずかしがり屋さん』だった。
写真を嫌がる理由も「魂を抜かれる」云々ではなく「恥ずかしいけ、嫌だ」だった。でも、少しばかり粘ってお願いすると渋々応じてくれた。そしてシャッターを押す瞬間だけ可愛い笑顔を浮かべてくれる。優しい人だった。
針仕事の事も、話の流れで「どんなもの作ってるの?」と訊ねてみた。が、うにゃうにゃと誤魔化して全然答えてくれなかった。
最初、答えない理由は
「言ってみれば『委託業務』だから(例え親戚でも)他人に見られるのはマズい、見せてはいけない決まりでもあるのかな?」
と思った。おばあちゃんと斡旋所がどんな契約を交わしているのか知らないし、この手の副業に詳しくないので、私の勝手な想像である。もしかしたら本当に、そういう約束事があったかもしれない。
でも、おばあちゃんの答えない──或いは見せたがらない──理由は、契約の問題などではなかった。
「あんま上手くないでな……下手くそやけ、恥ずかしい」
こう言われてしまっては、孫も嫁も息子も「そっか〜」と引き下がるしかない。ボソボソとした口調で、決まりが悪そうにされては無理に「見せて見せて!」とお願いすることも出来ない。
結局最後まで、おばあちゃんの針仕事がどんな物なのか知ることは出来なかった。
ただ、針仕事を続ける理由だけは教えてくれた。
それは単純明快。
ボケ防止だった。
確かに裁縫をし続けていれば、何となくボケ防止に役立ちそうな気がする。働かざる者食うべからず論で家事をさせられるより、よっぽど効果的っぽい。
おばあちゃんはミシンを使わず、全て手縫いで作業していた。縫い方にも色々あるから、ますますボケ防止に繋がりそう。細やかな収入も得られるし一石二鳥だ!
──と、思っていた時期が孫にはありました。
虚しくも、おばあちゃんは認知症になった。
皮肉なことに、針仕事が発症を疑うキッカケとなったらしい。斡旋所から、おばあちゃんの家の近くに住んでいて世話役でもあった次女に「もしかしたら……」と連絡が入ったのだとか。
正式に認知症と診断されて直ぐ、おばあちゃんは次女の手続きで針仕事を辞めた。当然と言えば当然なのかもしれない。仕方がないのだろう。
けれど、その話を聞いた時、私の心は切なさで締め付けられた。
おばあちゃんが唯一“生き甲斐”と感じていた物が、取り上げられてしまった。奪われてしまった。
本人の口から“生き甲斐”であるなんて一度も聞いてないのに、何故かそんな気分になった。
(続く)