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17:ほんとは恐いおばあちゃんの昔話

 これまで散々「おばあちゃんは動じない」だの「心配しない」「淡々としている」だのと書いてきた。これらは全て、孫である“私”が感じた印象であり、“私”からすれば事実である。
 でも、“息子”である父からすると、おばあちゃん──母は歳を取るにつれて次第に丸くなり、私が知るおばあちゃんになったのだという。

 では、おばあちゃんが現役で“お母さん”をやっていた頃は、どんな人だったのか。

 父は言った。
「一度キレると恐かった」と。


 父は五人兄妹の四番目で、次男坊だった。今回の話の道筋的にあまり関係ないが、兄妹構成を簡潔に説明すると、長女・次女・長男・次男・三女の順番である。
 この二人の男兄弟が、そりゃあもう悪戯大好きの悪ガキだったらしい。近所の駄菓子屋から菓子を盗む真似こそしなかったが、田舎の悪ガキがやらかす大凡のことは殆ど全部と言って良いほど網羅した。更に自分たちで悪戯を考え出しては実行し、大人に叱られた。姉達の気と我が強く、どちらかと言えば「虐げられている」気がした兄弟の憂さ晴らしでもあった。
 やや臆病な部分もあった長男は時々尻込みをしたり、恐がって逃げてしまうこともあった。けれど、次男は違った。非常に大胆で豪胆だった。
 言い換えれば無鉄砲だった。

 ある日、兄弟は『家の煙突に砂を入れる』悪戯を思い付いて実行しようとした。が、長男は砂を集めている途中で「これはマズいのでは」と思い始め、不安になった。そして中止の提案をした。
 でも、次男は止めようとしなかった。寧ろ、不安がる兄を「恐がり」として嘲笑った。結局長男は、次男をその場に残して帰宅した。次男は砂を集め続けた。
 本人は砂だけを集めていたつもりだった。が、実際には小石なども含まれていた。
 すっかり陽も落ち、家々の灯りが輝いて夕食時を迎えた頃。その悪戯は実行された。

 ここで一つ注釈したい。
 先程『煙突』と表記したが、この『煙突』は室内の暖をとる炉──暖炉と繋がっている『煙突』ではない。風呂を沸かす際に使用する機械に繋がっていた『煙突』である。

 その『煙突』に、小石混じりの砂を大量に入れたら如何なるか。

 結果はお察しである。

 やられた側は阿鼻叫喚、怒り心頭に発した。
 しかも、被害に遭ったのは一軒だけじゃなかった。どんな基準で選んだのかは不明だが、複数の家が標的にされた。あまりにも広範囲で無差別だった為に、町内会を巻き込んでの大事件になった。

 次男が犯人であることは直ぐに判明した。
 町内きっての悪ガキだったから……なのも、悪事が思いの外早く露呈した理由である。が、プラスして匿名希望の誰かさんより「少年が一人で砂を集めていた」という情報提供があったらしい。
 次男は、激しく怒られた。これまでのお叱りが可愛く思えるほどの激しさだった。当然である。
 父親も激怒した。次男の頭に拳骨を叩き込み、激しい口調で叱責し続けた。
 その中で、唯一静かだったのが母親だった。
 悪戯を繰り返す度に叱られてきたけれど、母親は叱るというより咎めるだけで、怒ることがなかった。いつも怒るのは父親の役目だった。
 故に、この時も「母ちゃん、あんま怒っとらんな」と次男は思った。

「あんたはこの家に要らん」と、真顔で宣言されるまでは。

 一番ブチギレていたのは母親だった。
 母親は次男の首根っこを押さえつけ、後ろ襟をむんずと掴むと、そのまま玄関に引き摺って行った。そして外にポイッと投げ出してピシャリと扉を閉めてしまった。しっかりと施錠までした。
 次男は焦った。
 玄関の扉を叩きながら必死に謝り続けた。ごめんなさい、ごめんなさい。もうしません。泣きながら謝った。しかし、中からの反応は何も無かった。

 仕方なく、次男は秘密基地としていた空き地で夜を明かした。
 独りぼっちで膝を抱えながら、如何に自分が悪いことをしたかを反省した。そして、ほぼ罵倒ともとれる叱責と拳骨がどんなに幸せで有り難いことなのか、母親の冷たい眼差しと「あんたはこの家に要らん」を思い出しながら実感して泣いた。

 翌朝、空き地まで迎えに来てくれたのは、誰でもない母親だった。


「あん時だな、『一番怒らせちゃいかんのは母さん』だって気付いたんは」

 in おばあちゃん家。
 スーパードライを片手に語る父を見て、母と私はドン引きした。昭和風情溢れる叱り方にも引いたが、他人の風呂の煙突に砂を入れる所行にドン引きだった。普通、そんなことする……? しかも、特定の一軒だけでなく複数軒に。いや、一軒だけでもダメですけど。複数にやったら、ほぼテロじゃん。無差別テロじゃん。

「そんなん言うて懲りんかったさ、あんたは」
「そうだなあ。あの後、門限出来たけど一度も守らんと、遅くにばっか帰って来てな。『お前はウチの子やない』『ウチに次男は居りません』って何度も家に入れさせて貰えんかったわ」
「追い出す度に、あの空き地に居ったな」
「懐かしいな〜。……なんで、あの場所が分かったん?」
「長男が教えてくれたんよお、『嫌なことあると大抵あそこば居る』て」

 ほのぼの思い出話に花を咲かせる親子の傍らで、品行方正で悪事なんて以ての外な少女時代を過ごした母と、親の言葉に割と従順で悪戯なんて以ての外な私は、やっぱりドン引いていた。


 いま思い出しても、凄いなあと思う。
 父の悪戯もヤバいが、我が子を追い出して野宿させるおばあちゃんもヤバい。令和となった現代だったら、虐待かネグレクトを疑われて児相に通報されても文句言えない。そもそも、風呂の煙突に砂を入れる案件の時点で警察を呼ばれ、書類送致されたかもしれない。

 そういう事態にならない昭和の時代で、ある意味良かったなあと思う孫なのであった。

(続く)

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