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バッキボッキゲーム

その日、鈴木は酔っていた。
給料日後の金曜ということもあり、先輩たちに飲みに連れ回された。
2軒目以降の記憶がない。
そして、顔がチクチクする感覚で目を覚ました。
ここはどこだろうか。
目だけで辺りを見渡すと、少女がしゃがみながら鈴木を見ていた。
微笑みながら、スマフォで写真を撮っている。
知り合いのユーさんだ。
丘の上の豪邸に住んでおり、金と暇を持て余している。
どうやら会社の先輩が、酔い潰れた鈴木をユーさん邸まで運んだらしい。
季節が秋だったから良かったものの、屋外に放置するというのは中々常識外だ。

「こんばんわ。庭で寝るなら、前払いで5,000円払ってもらえる?」
手を差し出しながら、微笑んでいる。こんな状態でも料金を要求してくるとは。
鈴木はズボンのポケットから財布を探したが、見つからなかった。
というか、パンツ一丁である。
意地悪な先輩がズボンごと預かっている可能性が高い。
「手持ちがないなら、面白い話で手を打つわ」
中々の無茶振りである。
しかし、鈴木もライターの端くれである。
即席で話の一つ二つは用意できなくては、物書き失格である。
アルコールで赤くなった顔を両手で叩き、ハラを決めた。
背筋を伸ばして正座をする。
話は直球の下ネタである。

「バッキボッキゲームって知ってますか?」
まずは軽いジャブで様子を伺う。
ユーさんは顎に手を置きながら、しばらく考え込んだ。
「うーん、知らない」
まずは1点。最初に興味を引かせる必要がある。
「このゲームは全寮制男子高校に伝わる門外不出の遊戯でして」
ニヤリと鈴木が笑う。
当然だ、箱入り娘が男子校の闇を知るハズがない。

「時は江戸時代に遡ります」

かつて江戸の町に、美人と評判の庄屋の一人娘が居た。
ムコを選ぶ際、候補は二人に絞られたが、知力・体力共に互角。
選択に困った主人は、娘への愛の深さを計るための遊戯を考案した。
それが爆起勃起遊戯(バッキボッキゲーム)である。
ルールは単純明快。

①対戦者同士は互いに向かい合い、下半身を露出する。
②立会人の合図と共に、己の肉棒を隆起させる。(腕は後ろに組む)
③先に萎えた方が負け。

これは即ち、イマジネーションの勝負である。
思い人をリアルに想像することが、ゲームの勝敗を分ける。
商売では先の事をリアルに思い浮かべる想像力が必要だ。
さらに、跡取りを残すためには高い生殖能力も求められる。
単純なルールであるが、これらの能力を探るために有用とされた。

「しかし、このゲームはその奇異な光景ゆえ、時の将軍に禁止されてしまいました」
もちろん、学生時代の先輩が作ったホラ話である。
しかし、真剣な口調で鈴木は続ける。
「ただ、弾圧を逃れた農民の手によって、この文化は地方の男子校に受け継がれたのです」
無茶苦茶な設定だが、アルコールの力を借りた鈴木の言葉には、熱がこもっていた。

「時は現代に戻ります」
「このゲームは男子校で争いの解決に用いられました」
例えば、アイドルファン同士が言い争いになった場合。
拳で決着をつける場合もあるが、暴力沙汰は停学になる可能性が高い。
これではリスクとリターンが見合わない。
そこで、平和的な解決方法として、バッキボッキゲームが用いられた。
体格のハンデがなく、勝敗が明確であり、不正のしようがないため、フェアなゲームである。
「求められたら、応じる」という暗黙のルールが学校内では出来上がってた。

さらに上級者たちは、互いの肉棒を竹刀のようにぶつけ合っていた。
これは肉体的な痛みも伴う行いである。
勝敗の付け方は変わらない。
しかし、痛みを妄想力で打ち消す必要があるので、仏教の苦行林にも似た精神性が求められた。
「インドのカーマスートラにも記載された由緒正しい決闘法」と先輩は言っていたが、恐らく嘘だろう。

「まるで未開の地の部族の儀式みたいね」
ユーさんは赤面しながら、鈴木の話を聞いていた。
「閉鎖された環境でXY染色体しか持たない個体が集まると、独自の文化形成が行われると、レヴィ=ストロースも言っています」
鈴木が静かなトーンで答えた。これも嘘である。
しかし、社会人類学者が、彼らの姿を見たらどう分析しただろうか。
蛮人の儀式か、ボノボ的な平和行動か。どちらにせよ興味の対象にはなっただろう。

話の区切りがついたので、鈴木は立ち上がり、大きく一礼をした。
「以上が、バッキボッキゲームという遊戯の解説になります。ご静聴ありがとうございました」
こうして30分に渡る壮大な物語は幕を閉じた。

気づくとユーさんは、小さく拍手を送っていた。
「とても面白い話だった。空いてる部屋を用意したから、上がって」
どうやら満足してくれたようだ。
「でもその前に、ズボンだけちゃんと履いてくれる?」

鈴木はズボンを履いていないことを思い出し、赤面した。

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