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有閑少女の小話

「何か面白い話はないですか?」
ライターの鈴木は、丘の上の古びた洋館を訪れた。
洋館にはネタの宝庫が住んでいる。
記者になって3年が経ったある日、先輩から洋館に住む少女を紹介された。

「くだらない話ならあるけど」
めんどくさそうな口調で、少女が答える。
2人は洋室の客間で向かい合いながら話をしていた。
少女はダルそうにソファで横になりながら、クマの形をしたグミを頬張っている。
対して鈴木は、背筋を伸ばして手帳を開いている。
5分ほど沈黙が続いた。
唐突に、振り子時計の「ボーン」という音が部屋に鳴り響いた。正午だ。

グミに伸ばす手が止まった。何かを思い付いたらしい。
少女はソファからゆっくり転がり落ち、「ゴン」という音ともに立ち上がった。
「食堂でランチを食べながら話すわ」

食堂へ移動すると、既に2人分のスプーンとフォークが用意されていた。
やけに段取りが良い。5分も経たずに、食事が運ばれてきた。
鈴木の前にはパスタ。少女の前にはピザが並べられた。
「なぜ違うメニューがあるんですか?」
「鈴木さん、パスタ好きだったでしょ?」
意味深な笑みを少女が浮かべる。
こう言う時は、安易に相手の言葉を信じてはいけない。
鈴木はスプーンとフォークでパスタをバラし始めた。
香りを嗅ぎ、ソースを軽く舌に乗せる。
特におかしな点はない。
いつも食べるパスタと違う点といえば、麺が太いくらいだ。
「タリアテッレという太麺を使ったパスタ。麺が伸びる前に食べないと」
早く食べさせるために、パスタを選んだようにも思える。

食事が始まった。
鈴木がパスタを3分の1ほど食べ終わった頃、唐突に少女が口を開いた。
「あるお金持ちの話なんだけど」

それは、還暦を過ぎた老人の話だった。
莫大な富を手に入れた彼は、一ヶ月毎に愛人を変えていた。
豪勢な食事とショッピング、あらゆる贅沢をさせるが、なぜか愛人を抱こうとしない。
不審な点といえば、夜に睡眠薬の服用を命じられるだけ。
しかし、朝目を覚ましても身体に不審な点はない。

「何の目的で契約をしてたと思う?」
「外傷がないとすれば、寝顔をコレクションしてたとか」
鈴木の思いつく答えは、それくらいだった。
睡眠姦の線も考えたが、身体に不審はないと明言されている。

「ロマンティックだけど、ハズレ。ヒントは契約期間」
一ヶ月の契約期間。
人体で一ヶ月で変わる場所はあるだろうか。
髪の毛、爪、それくらいしか思いつかない。
鈴木はパスタを水で流し込んだ。

「答えを言っていい?」
少女は答えを言いたそうにうずうずしている。
「悔しいですけど、降参です」

「はい、コレ」
四角い透明なシートが、鈴木の前に現れた。片手で収まる小さなサイズだ。
透明なセロファンで出来ており、天使のマークが描かれている。
「これは、もしかして」
「そう、ギョウチュウ検査のシート」

その瞬間、鈴木は老人の目的を理解した。
想像するのも気持ち悪くなる答えだ。
1ヶ月という契約期間。
体内に入った寄生虫は、肛門に卵を生みつけるまで数週間を要する。
恐らく、契約初日に食事に虫を仕込むのだろう。

そして、夜な夜な行われていた検査について。
老人は女性が眠っている間にシートで卵の状態を確認していたのだ。
つまり、彼とって愛人は孵卵器に過ぎない。

「悪趣味な人でね。検査済みのシートと、愛人の顔をファイルにコレクションしてるみたい」
「あと、秘密をバラした時の顔を見るのが1番楽しみだと言ってた」

鈴木のパスタを食べる手が止まった。
頭の中にサナダムシの姿が浮かんでいる。
太くて長い、きしめんのような形だ。

「大丈夫、ギョウチュウとサナダムシは別の寄生虫だから」
すかさず、鈴木の考えを理解したようなフォローを入れる。
しかし、記者である彼の想像力は止まらない。
パスタが腸の中で暴れるイメージだ。

「察しが良いから鈴木さんと話をするのが好き」
口角を上げながら、意地悪そうに少女は微笑んだ。
こうして、鈴木の好物リストからパスタが消えた。




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