見出し画像

近くて遠い、あなたと私。【#クリスマス金曜トワイライト】

私があなたを意識し出して、もうすぐ2度目の冬がきます。叶わぬ恋、ということは分かっていました。想い人のいるあなたが私に振り向いてくれる可能性なんて、万に一つもありはしないという事も。

それでも。

私は賭けてみたかったのです。あなたが私に振り向いてくれる、その万に一つ。いえ、億に一つの可能性に。


◇・◇・◇・◇

あなたの想い人が、私たちの勤める会社のビル1階で働いているのは知っていました。「ちょっと可愛い子が入った。」と社内でも一時期話題になっていた、ショートカットでちょっと童顔な、カフェのバリスタ。

あなたは気づいていたでしょうか。彼女に接客をしてもらっている時、自分がどんな顔をしていたか。後輩の私には見せないような、気恥ずかしそうな顔。あれは、恋する人間の見せるそれですよ。

私も1階のカフェに立ち寄った際、何度か彼女に接客をしてもらたことがあります。白いシャツに黒いエプロンを着た彼女は、カフェの雰囲気にピッタリで。こちらの気持ちを暖かくするような丁寧な接客に、柔らかな笑顔。

『ベーグル、温めますか?』

そう尋ねる彼女は、同性の私から見てもとても魅力的でした。こんな素敵な女性が私たちと同じ階にいたら、最初から勝ち目などなかったでしょう。だからこそ、私は23階のオフィスから1階のカフェまでの現実が遠いことに感謝したものです。

日常は遠く非日常は近い。地下のスーパーに超美人の女性店長が異動してきた時、あなたは少しホッとした顔をしていましたね。他の人たちの興味が彼女から離れた事で、安堵したのでしょう。そんなあなたを見て、私は胸が苦しくなったのを覚えています。それは、あなたが彼女をどれだけ慕っているか、突きつけられたように感じたから。その気持ちを振り払いたい一心で、私は仕事の忙しさに身を投じていきました。


◇・◇・◇・◇

その日は厄日とでも言いましょうか。あなたにとっては災難な1日でした。

現場が撮影の道路使用許可を取っていなかったために、警察沙汰になってしまったのです。いつもは私が撮影の道路使用許可を取るのですが、その時は私の担当じゃなかったためノータッチ。全て現場に丸投げしてしまっていたのです。その結果。道路使用許可は取れておらず、警察からもしつこく追求される羽目に。最終的には先輩であるあなたにまで頭を下げさせてしまいました。

さらに災難は続きます。やっと撮影が終わってオフィスに戻ると、待っていたのは上司からの詰問の嵐。ねちっこく経費の伝票処理を問いただされるあなたの顔は疲れ切っていて、見ていて心配になるほどでした。

厄祓いでもしようかな。

そう呟いたあなたがどこを指しているのか。何となく見当がつきました。それは会社から少し離れた、国道沿いのビルの間にある神社。通称・田町八幡。人のほとんどいないその場所が自分の息抜きスポットであると、以前あなたが教えてくれた、秘密の場所。

先に外へ出たあなたを追いかけて、私は田町八幡へと急ぎました。何か明確な目的があったわけじゃありません。ただその時は、あなたを1人にしてはいけない気がしたのです。それに、仕事の尻拭いをさせてしまった事もきちんと謝りたかった。

階段を登ると、小高い丘に小さな社が見えてきました。木造拝殿の後ろは深い森で、澄んだ風が頬を撫でる。境内に足を踏み入れ視線を彷徨わせていると、国道が見下ろせる眺めの良い長椅子に腰掛けるあなたを見つけました。その横には、あなたの想い人。

彼女と話すあなたの顔は終始穏やかで、私の心は切なさに押しつぶされそうになりました。神様、これは何の悪戯でしょうか。私の方が近いと思っていた、あなたとの距離。それが、いとも容易く追い越される。

あなたの手に握られた小さな紙切れは、おみくじでしょうか。神様はあなたに、どんなお告げを授けたのでしょう。想像すると切なくて、私はそっとその場を後にしたのでした。

その後、1階のカフェで彼女を見かけることはなくなりました。どうしたんだろうと気にはなるけれど、それはあなたも同じみたいで。私の中では何とも言えないモヤモヤ感が募るばかり。そんな日が暫く続いたのです。


◇・◇・◇・◇

その日は、ロケ撮影を何箇所も短時間で撮って廻るスケジュールでした。撮影のスケジュールは朝早くから分刻み。ロケ現場はたくさんのお弁当の手配や、タレントさんの人避けでてんてこ舞い。それでもスタジオを借りるよりも経費がかからないという理由から、ロケは増えていく一方でした。

トイレ休憩で第三京浜の三沢サービスエリアに寄った時です。トイレを済ませてロケバスに戻ろうとした際、何台ものバイクの横でライダー達がたむろっているのが見えました。ライダーは圧倒的に男性が多く、体の大きさ故かその空間だけ異様な威圧感に包まれているような…。

と、その時。私は我が目を疑いました。例の彼女がライダー達に紛れていたのです。青いデニムに革のジャケット。カフェの時とだいぶ印象は違うけれど、間違ありません。触らぬ神に祟りなし。私は急いでロケバスへと戻りました。あなたが彼女と鉢合わせしない事を祈りながら。

ところが、神様は私につくづく意地悪でした。出発時刻になっても戻らないあなた。まさかと思い探しに行った私の目に飛び込んできたのは、柔らかく微笑み合う2人。

『あー先輩!こんなとこにいたんだぁ。もう出ますよ!』

気づけば、そう叫んでいました。何故そんな事をしてしまったのか、自分でも分かりません。ただ、それ以上2人の世界を見たくなかったのです。

ロケバスに戻ったあなたは、ハンドタオルを握りしめて終始ニヤニヤしていましたね。一体彼女と、どんな言葉を交わしたのでしょう。狭いロケバスで触れ合う肩。私はあなたと、こんなにも近くにいるのに。心はどこまでも遠く離れていて。もう私は、この恋を諦めるしかないのでしょうか。


◇・◇・◇・◇

その後、2人がどういう経緯を辿ったのかは分かりません。あなたの反応を見る限り、彼女と親密な仲になった、という事はなさそうだけれど。仕事が忙しすぎて、それどころじゃなかったのかもしれませんね。そして私たちの関係もまた、何も変わることがありませんでした。

そんな状態のまま1年が過ぎ、次の冬がやってくる頃。ふっと風が吹きました。なかなか結論が出ず長引くミーティングに疲れ切ったあなたがポケットから取り出したのは、透明な袋に入った小さな焼き菓子。

それを見た瞬間、彼女からだと分かりました。女の勘とは鋭いもので、こと色恋沙汰に関しての的中率は驚異的なものです。だからこそ、私はそれが彼女からの物だと確信できたのです。

焼き菓子片手に何やらゴソゴソとしていたあなた。その動きが、ピタリと止まりました。どうしたのだろうと思い目を向けると、呆然とした顔で窓の外を眺める姿が目に入りました。

日々是好日。あるがままを良しとして受け入れるのだ。

そう呟く声を聞いた時。私は、自分の恋の終わりが近づいていることを感じたのでした。


◇・◇・◇・◇

それから数日後。私は1人、田町八幡へと向かっていました。目的はただ1つ。この恋に終わりを告げるため。あなたが教えてくれた秘密の場所で、私はこの想いに終止符を打とうと思ったのです。

戯れで引いたおみくじは「大凶」。神様も意地悪だなぁ、と苦笑しつつおみくじを結ぶ場所へと向かうと、おみくじが大渋滞を起こしていました。どうしようかと視線を彷徨わせる。すると、バイクの絵が描いてある絵馬に目が止まりました。

『理由があってバイク旅をしてきます。もし私のことを覚えていてくれたら、来年の大晦日にココで会いたいです。そして除夜の鐘を一緒に鳴らしましょう。』

丁寧に書かれた文字。それが彼女の字であることは、すぐに分かりました。だって、後から書き足されたであろう『信じるチカラをください』の文字。見間違うはずがありません。少しクセのあるその字は、私がずっと恋した、あの人の文字だから。

なんだ。やっぱり私には、億に一つの可能性すらなかったのか。そう思うと、悲しさよりも爽快感に包まれました。ずっとかかっていた靄がパッと晴れたような、清々しい気持ち。

戯れで引いたおみくじは、きっと神様からのお告げなのでしょう。今が一番悪いのならば、後は良い方へ転ぶだけだと。意地悪な神様も、たまには気を利かせてくれるみたいです。

深い森の匂いと冷たい空気が心地良くて、私はスッと目を閉じました。この恋は、温まることなく冷めてしまったけれど。いつか、大切な誰かを想ってまた温めることができたなら。その時はきっと、幸せになれるはずだから。

見上げた冬の空はどこまでも澄み渡り。冷え切った私の心を、少しだけ温めてくれました。


■追記

今回初めて池松さんの企画に参加させていただきました。

リライトというのが初めてで何が正解かも分からない状態でしたが、池松さんの「クリスマス金曜トワイライトは、広義のリライトなので、恋愛文章愛があればOKです。」という一文を見て、今回参加を決意しました。妄想も含め、恋愛文章愛はこれでもかと注ぎ込みました。悔いはありません。

池松さん、素敵な機会をありがとうございました。

■何故この作品をリライトに選んだのか

実際に4作品を拝読した結果、私が一番感情移入したのがこちらの作品だったからです。ただ、私が感情移入したのは主人公でもカワサキさんでもありません。一言しか登場しない、主人公の後輩です。

「もし後輩が女性で、主人公のことが好きならば。一体どういう展開になるんだろう?」という妄想から、今回リライトに踏み切りました。

■どこにフォーカスしてリライトしたか

一番は『後輩の目線』です。原作では一言しか登場しないからこそ、後輩の目にはこの物語がどう映っていたのか。そこに「もし後輩が女性で、主人公に想いを寄せていたなら。」という妄想を上乗せして、描写しました。

それに加えて、『それぞれの登場人物の距離感』にも焦点を当てるようにしました。物理的な距離の近さか、精神的な心の近さか。それを表現できるよう、自分なりに試行錯誤したつもりです。

あとは『神様』にも少しだけフォーカスを当てました。原作はおみくじがキーだったように感じたので、リライトでは神様に後輩の行く末を暗示してもらいました。

■最後に

今回のリライトは私にとって初めての連続でしたが、それを「苦」じゃなく「楽しい」と思えたのは池松さんをはじめ、この企画に関わる皆さんのおかげだと思います。

素敵なチャレンジの場を、本当にありがとうございました。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました!皆さんの「スキ」が励みになります♪いただいたサポートは何かしらの形でnoteに還元していきます☕️ご縁があればフォローもよろしくお願いします🍀*°