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君だけのサンタになりたくて

「さて、今年のクリスマスはどうしようかな。」

目線の先にはカレンダー。11月も最終週に差し掛かり、そろそろ年末の予定を考え出す時期だ。

去年は仕事の関係で、彼女と一緒にクリスマスを過ごすことが出来なかった。彼女は「気にしないで。」と言ってくれたけど、せっかくのクリスマスに恋人らしいことを何もしてあげられなかった自分が恨めしい。

「せめて気持ちだけでも。」と彼女へ贈った、白い箱。中身は彼女が好きなアクアマリンとダイヤモンドがあしらわれた、雫型のネックレスだ。それを彼女は大層気に入ってくれたようで、今でもよく身につけてくれている。それを目にする度、言いようのない切なさに胸がいっぱいになる。

だからこそ、今年のクリスマスは彼女と過ごすと決めていた。そのために早い段階から仕事の予定を調整し、見事クリスマスの有給休暇を勝ち取ることに成功した。とはいえ。

「どうすれば彼女に素敵なクリスマスをプレゼント出来るだろう?」

そう。恥ずかしながら、彼女は僕にとって初めての恋人。故にクリスマスをどう過ごせばいいのか、何が正解なのか、皆目見当もつかない。定番なのはイルミネーションやクリスマスディナーらしいけど、平日の仕事終わりに疲れているであろう彼女を外に連れ出すのは何となく憚られる。

「ああでもない。こうでもない。」と頭を悩ませるうち、ある日の彼女の言葉がふわりと僕の中に蘇った。

「特別な日に特別な場所でお祝いするのも、もちろん素敵だけど。私は特別な日こそ、大切な人と落ち着ける空間でゆっくり過ごしたいな。」

そうだ、何も特別な場所へ出掛ける必要はない。家でゆっくり、素敵な時間を過ごせばいいじゃないか。幸い僕は一人暮らしだから、二人でくつろげる空間はある。彼女を家に招いて、ささやかなクリスマスパーティーを開くなんてどうだろう?

思いついたその考えを、頭の中で何度も転がしてみる。落ち着ける空間でゆっくり過ごす、二人だけの特別な時間…。うん、我ながら良い考えな気がするぞ。そうと決まれば善は急げだ。

数日後。僕は手帳と睨めっこしていた彼女に、クリスマスパーティーの約束を取り付けた。自分たちで料理を手配して、家でゆっくりとした時間を過ごす。二人だけの、ささやかなクリスマス。

その話し合いの間、彼女は終始嬉しそうだった。それは去年、一緒にクリスマスを過ごせなかった反動からかもしれない。そう思うと、申し訳なさとともに彼女への愛しさが込み上げてくる。何としてでも、今年こそは彼女に素敵なクリスマスをプレゼントしたい。

この話し合いの中で僕は一つだけ、彼女に嘘をついた。それは、クリスマスに有休を取っているのを隠して「その日は仕事だ。」と言ったこと。だって、その日の僕は朝からクリスマスパーティーの準備で忙しくなるはずだから。

去年は叶えられなかった、君と過ごすクリスマス。今年こそは、君だけのサンタクロースとして素敵な時間をプレゼントしたい。そう、強く思うのだった。


それからは怒涛の勢いで時が流れた。走る、なんてものじゃない。飛ぶように時間が過ぎていく。

それでも。忙しい仕事の合間を縫うようにして、僕はクリスマスパーティーの準備に勤しんだ。彼女へのクリスマスプレゼントはもちろんのこと、彼女の大好きなチョコをふんだんにあしらったブッシュドノエルも予約済み。少しでもクリスマス気分を味わって欲しくて、部屋を飾りつけるオーナメントや小さなツリーまで手配してしまった。

でも、何よりも僕の頭を悩ませたのがクリスマスディナーのメインディッシュ。せっかく丸一日時間があるんだから自分で料理を作ろうと思い立ったは良いものの、一体何を作れば良いのやら。仕方なく、ネットで検索をかけてみる。

『クリスマス 料理 手作り 簡単』

検索をタップすると、出るわ出るわクリスマスの定番料理たち。その中でも比較的簡単に作れそうなローストチキンに目が留まる。

「これなら僕でも作れそう…かな?」

そうして着々とクリスマスパーティーの準備が進んでいたある日。彼女から「会いたい。」と連絡があった。指定されたのは駅前のスタバ。仕事終わりに急いで向かうと、そこには窓際の席で物憂げに座る彼女がいた。

「会いたい、なんて珍しいね。どうしたの?」

そう尋ねてみるけれど、彼女は「何でもない。」と誤魔化すばかり。けれど、何でもないのに彼女が「会いたい。」なんて言うはずがなくて。僕は、何か彼女の気に障ることをしてしまったのだろうか?

ここ数日の出来事を思い返してみるけれど、僕には思い当たる節が見当たらない。いや、僕が気づいてないだけで何かしでかしてるのかも…。そんな僕の不安に気づいてか。彼女は伏し目がちに、ゆっくりと口を開いた。

「本当に、何かあったわけじゃないの。ただ、最近はあまり連絡もなかったから、ちょっと不安になっちゃって…。そっちだって仕事で忙しいのに、こんなこと言ってごめんね。」

そう言われた僕は愕然とした。確かにここ最近は仕事とクリスマスパーティーの事で頭がいっぱいで、彼女への連絡が疎かになっていたような気がする。それが彼女を不安にさせていたなんて…。

何たる不覚。これじゃ彼女を喜ばせるどころか、悲しませるだけじゃないか。とはいえ、目前まで迫ったクリスマスパーティーのネタバラシをここでするわけにもいかない。どうしたら彼女の不安を取り除けるだろう?

「不安にさせてごめん。自分のことに手一杯で、あまり連絡が出来なかったんだ。でも、信じてほしい。君を嫌いになったわけじゃない。今年こそは、二人で一緒にクリスマスを過ごそう。」

そう、言うしかなかった。そんな僕に、彼女は静かに頷いた。少しだけ、寂しそうな笑顔で。彼女の首元に光る、雫型のネックレス。それが今の彼女の心を表しているように感じられて、僕は彼女から目を逸らした。


そうして迎えたクリスマス当日、僕は朝から大忙しだった。クリスマスディナーの買い出しにケーキの受け取り。部屋の飾りつけから慣れない料理作りまで、やる事は山のようにある。

それでも、それを苦だとは思わなかった。彼女の笑顔を思い浮かべると、心が温まる。その笑顔のためなら、どんな事だって頑張れる。もう、この前みたいな悲しい顔はさせたくない。

窓の外が暗くなり、月が顔を出した頃。部屋はすっかりクリスマス仕様になっていた。

テーブルにはタブレット片手に作ったローストチキンを始め、クリスマスの定番料理が所狭しと並べられ。棚の上には可愛らしいリースとサンタの人形。そして部屋の片隅には、小さなクリスマスツリー。彼女の大好きなチョコをあしらったブッシュドノエルは冷蔵庫で待機中だし、プレゼントも用意して準備は万端。あとは彼女の来訪を待つのみだ。

「彼女は喜んでくれるだろうか…。」

ふと、そんな不安が胸に迫り来る。先日の出来事はまだ、僕の胸の中で燻り続けている。彼女を不安にさせてしまった自分は、果たして彼女を笑顔にすることが出来るのだろうか。

そんなことを考えていると、部屋にインターホンの音が響き渡った。画面に映る、眩しい笑顔。それを見ると、先ほどまでの不安が嘘のように消し飛んだ。

我ながら現金だな、と思いつつ玄関へと向かう。クリスマス仕様になったあの部屋を見た時、彼女は一体どんな反応を見せるだろう。

はやる気持ちを抑えつつ、僕は彼女を迎え入れるため扉を開いた。


◇・◇・◇・◇

先日公開した百瀬七海さん主催のクリスマスアドベントカレンダー参加作品の、もう一つの物語です。どうしても両者目線で物語を書きたかった結果、こういう形になりました。もし興味があれば前作も覗いてみてください。

七海さん、素敵な企画をありがとうございました。

最後に。ここまで読んでいただいてありがとうございました。皆さんにとって素敵なクリスマスになりますように。


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