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随想好日 第十八話『泣ける場所お探しですか』 

泣いてますか。哭いてますか。なけてますか ?
なける場所少なくないですか
なく必要ないから考えたことも無い ?
それは羨ましいですな
では、このエセーは便所の100W

オモイキリ泣きたい人だけお付き合いください
世界最高の泣ける場所へと誘いましょう

さて、勿体付けるのはよしましょう
泣けるようになるために必要なものそれはギャップ
金持ちと貧乏
幸せと不幸
成功と失敗
繁忙と閑散
夏と冬
昼と夜
光と闇
暑さと寒さ
生と死
そして 孤独と喧騒…… (笑)

中間がいい ? いやいや。今からご紹介する世界最高の泣ける場所を知った貴方は、どうせのことなら涙袋を満タンにすることを考えるかもしれません。そのためにはより多くのギャップを経験しておく必要があることに気付くかもしれません。では参りましょう。

■世界最高の泣ける場所
フランス・ニース・プロムナード・デ・ザングレに広がる"天使湾(Baie des Anges)"からみる、カップ・ド・ニース(ニース岬)からの日の出

■鉄板の泣ける時期
毎年11月25日以降、12月10日ぐらいまで

■鉄板の泣ける時間
平日の午前5時からの2時間

■泣いた後のご褒美
ホテル・ル・ネグレスコ(別名・アンリ)の朝食

ご褒美好きでしょ ? 泣ける人はご褒美も大好きなのです。だからたくさん泣いたらご褒美あげましょ。夢のようなレストランでの朝食は、次に泣くまでのエネルギーとなるでしょう。
 朝食が終わったら、次のご褒美は「お花の野外市場」これで仕上げです。

 では、チョットだけそんな旅をしてみましょうか……。

                ◆

 ニース駅は町の北側に位置している。海辺まではのんびり歩いて30分もかからないほど。歩くのが嫌いな君でも楽しめるので歩いてみようか。
ニース駅の東側、南側には安価なホテルが軒を連ねてる。
 2500円程度~5000円程度までの「アパートメントスタイル」のホテルも多い。近隣にはスーパーやテイクアウトファストフードショップも多くなんの不便もない。

アパートメントスタイルのホテルは大抵キッチンと調理器具は揃っている。スーパーなどで買いだした食材を持ち込んで、即席キュイジニィーエを演じることだって簡単さ。
 安いワインを買ってきてコルクを抜く際は・・・
思いっきり「下品」に抜く・・・ポーン!とね。
 一人でつく悪態はことのほか気持ちを高ぶらせてくれる。ラッパ飲みだ。

ラザニアが茹であがるのを待っている間、買ってきたチーズをかじりながらワインをラッパ飲みする。ハードウオッシュタイプは齧るにはキツイ。フランスのソフトタイプか、スイスのラックドゥグリエールのソフトタイプがお薦めだ。
 ワインボトルを片手に、窓辺に立てば日頃に感じた憂さすらも馬鹿らしさを覚える。
 そう……大体、ラザニアが茹で上がる時間くらいでそうなれる。

 茹であがったラザニアをフライパンに放り込み、スーパーで買ってきた安価なミートソースを混ぜ込む。齧っていたチーズは残しておいてここに一緒に放り込む。
 ギャラリーラフィエットで自分用に買った「バカラ」のグラスにオリーブを盛り込み、クリストフルの銀の金串を放り込む。
 金串でバカラのグラスを叩いてみよう
 チンチン♬ ウソじゃないよ。思わず君は笑いたくなるはず。
 金串はプロムナード・デ・ザングレへ行く途中に見つけたクリストフルのブティックへ立ち寄った際に買ったものだ。

 銀の串に刺したオリーブを口に運ぶ。
ひとかみするとギュッとオリーブの香りが口に広がり、同時に「渋さ」が物悲しさを運んでくる。
「ふーん、これが太陽の味ね」
ひとこと呟きゃ一人で来て良かったと思えるさ。

 君がこの部屋に居る時は「窓」が友達になる。
冷め始めたラザニアをフライパンのまま抱えて食べる。
 まずは当然立ったまま。
 窓の外を眺めながら。
向こうのテーブルにおいたバカラグラスのオリーブに目をくれると
午後の日差しがビルの隙間を縫いながら一瞬だけバカラを通してテーブルに輝きを落とす。3ユーロ程度で買った赤のフルボトル。
 なぜ、バカラでこのワインを飲まなかったのだろう。
 考えもしなかった…… そんな自分に気づけりゃ泣く準備は出来上がり。

                ◆
 次の日の早朝。君は目抜き通りを南に下る。
 右手に見える大きな建物はニース・ノートルダム教会の鐘楼塔だね。
目の前、そう。800mほど先かな。プロムナード・デ・ザングレだね。 

 すれ違いざま、その距離は2メートル以上はあったのだろう。
健康意識高い系モーニングランナーたちが君の横を走り抜けてゆく。
 コートダジュール、ニースの遊歩道プロムナード・デ・ザングレを歩く。夜明け前。朝の散歩には些か早すぎるぐらいが丁度いい。
 時計の針は6時を指そうとしていたものの辺りは未だ暗く「天使の湾」から吹きつける風は厳しいままだ。 

 バカンスシーズンともなると眠らぬ街の賑わいはその真骨頂を魅せる。
 クリスマスの飾り付けがひと段落を迎えたこの時期。
当地に住まう「ニースっ子」たちにとってさえ、朝のジョギングで汗を流すには風は冷たいはずなんだ。

 君はダウンを着こみ、手には黒革のグローブをはめ、世界的に知られた「遊歩道」での散歩を楽しむ体でホテルを後にしてはみたものの、Tシャツやタンクトップに短パン姿のニースっ子たちが、偏西風が運んできた冬の海風を受けながら走り抜けてゆく姿を目にすると、自分の出で立ちが何やらいかにも季節外れのツーリストをさらしている様に感じるかもしれないね。

 西向こうから、未だ消えないオレンジ色の街路灯を浴びつつ、軽快な足取りで走ってくる姿が君の目にも入るだろう。
 明かりが届かない処では黒く塗り潰されたり、程なくすると照らし出されたりを繰り返しながら君との距離を詰めてくる。
 次第に女性ランナーの影が明瞭になりはじめる。

「随分飛ばすなぁ。かなり走り慣れたフォームね。それにしてもスタイルがいい」そんなことを思うかもしれない。君は女性ランナーの動きを目で追いながら呟くかもしれないね。
 近付いてくるにしたがって、女性の髪の毛の動きも見えるようになってきた。どうやらポニーテールに括った髪の毛がリズミカルに右へ左へと揺れているのがわかるだろね

「ブロンドか……」君が呟くそのあと女性ランナーが横を走り抜ける。
 すれ違いざま、その女性ランナーのシャンプーの香りだったろうか。それは、冬の夜に輝くクレッセントの爪先から零れ落ちる夜露を待ち侘びたプリムラ・ローズ・イエローの開き切らない若葉の匂いを思わせるだろう。
 どこか弱々しくどこか儚げに君の鼻腔に遠慮がちにそれを届けるはず。

 すれ違いざまほんの一瞬のこと。君は体を右へ捩り半身になりながら、上半身だけで駆け抜けたニースっ娘の背中を目で追うだろう。と、シャンプーとは異質の匂いが流れてくる。どうやら呼気なのだろうか。昨夜の喧騒に想いを寄せることは容易と思えるほどのアルコール臭だった。
君はなにかホッとするかもしれないね。
あぁ…… やっぱ、飲むんだなってさ。

左側に海岸へと降りる波防ゲートが口を開けている。

海辺まで降りると、ゴロタ石が敷き詰められた浜辺に腰を下ろす。西の空と水平線、その丁度真ん中あたりに浮かぶ、天使の腰掛、クレッセントの足元からは光の御子たちが降りそそぎ波間で煌めく輪舞をみせていただろう。

 さぁ、準備はいいかい ?

 カップ・ド・ニース(ニース岬)を東に眺め観る。岬先端の海の色がオレンジ色に様変わりを見せ始めた。海と空の境界は、サーモンピンクを曳いたように鮮やかだ。その上層からは白、淡いブルー、ブルーとスフマートを効かせたように暈かしが広がる。クレッセントの陰影と光の輪舞が朝陽に焼かれる。
 冬のニースの陽の出だ。
観ているだけでいいよ。
それだけで泣けるから。
それだけでありがとうと云えるから。
あぁ。大丈夫。
1時間は泣けるからね。きっと君はおなかがすくよね。

プロムナード・デ・ザングレを西へ300m行くとね、右側に"アンリ"が見えて来る。
ラ・ベル・オテーロの形の良いタワワな乳房をモチーフとしたニースのランドマークホテルだからすぐにわかるさ。

 ホテルに入る前にね。10ユーロだけ小さく手のひらに忍ばせておこうか。
ホテルに入ると、フロント周りにベルマンやクラーク、コンシュルジュがウロウロしているからね。
 一番偉そうなのに声かけるのもいいのだけど……、チョット、シュッとしたフロントに肩肘ついているようなのが居たら狙い目だね。

つかつか近寄ろう。キョロキョロしたら駄目だよ。そいつに向かって一直線。相手は必ず直立不動になるはずだから。

 相手の前についたら最初に握手をしよう。
手に仕込んだチップを握りしめた手で。
そして君はこう云うんだ「I don't have a reservation, but I want to eat breakfast.」簡単だろ ?

相手はね、イエスマムかイエスサーかそれしか言わずにレストランに案内して君のためにベストな席を取ってくれるだろう。

どんなレストランかって ?
それは行ってのお楽しみ。
たしか朝食で30ユーロ少しだったかな。

泣いたご褒美になることは、ここのわたしが約束しよう。

今から一年、涙をためて……
一人で泣きに行ってみよう。
大泣きできるはずだから。


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