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世一の勉強部屋

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noteは本当に勉強になる。 こんな勉強部屋を少し前までわたしは知らなかった。 少しずつ増やしてゆきます。スキしてくれた人は覚悟して。 本当はキチンとお知らせとお礼をすべきところ…
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#短編

元気の前借り

都会の喧騒から離れた裏通り。 人目を避けるようひっそりと古い造りのバーがある。 そこでは何やら不思議な体験が出来るともっぱらの噂。知ってか知らずか、今夜も迷える子羊が訪れる。 バーの名は「Ra・most」 「とにかく、可愛くてね。寄り道せずに真っ直ぐ帰る毎日なの」 「そうなんですね」 「猫なんて興味なかったのになぁ」 「ニコラシカの影響ですかね?」 「そうなの、きっとそう!だからマスターにお礼言いたくてね。きっかけを作ってくれた人だから」 「そんな大袈裟な」

【小説】僕たちの夢見たサンタクロース

 十九歳の春、双子の妹と半年ぶりにカフェで再会した。特に変わった様子はなく、韓流アイドルを真似たような化粧が気になる程度だった。  親元に先日帰った話をすると、妹は「去年のクリスマスイブに帰って、一晩泊まったよ。稔も来れば良かったのに」と笑った。そして、上品な白い器の写真を見せてくれた。 「サンタさんからの贈り物」 「手作りかな?」 「きっとね。大事に使うつもり」  僕はどこかすっきりした顔の妹を感慨深く見て、クリスマスの思い出を幼少期から振り返った。  八歳の冬、学校から

昼の月

「これ、行ってこい」 祖父が突如眼前に差し出した一枚の紙切れ。要項を見るまでもない、碌な集まりじゃないのはタイトルからして明白だ。 俺の怪訝な表情から思惑を察してか、眉間に皺を寄せドスを効かせた声でにじり寄る。 「行かねぇのなら工房は使わせねぇぞ」 「勘弁してくれよ、じいちゃん」 「ここでは師匠と呼べ」 「師匠、頼みますって」 「そうだ、俺はお前の師匠だ。そして師匠の言うことは絶対だ。分かるか?」 「そんなぁ」 学校にも行かず面倒を見てもらっている手前、そこま

【小説】地獄行きの亀

 実家で平穏に暮らしていた頃、当時八歳の甥っ子を自室に招いて、算数を教えたことがあった。正月休みの部屋の中は、ストーブの熱で暖かかった。 「今度は一人でやってみて」  甲板の丸い座卓で幾つか問題を解かせようとしたが、胡座を組んだ甥っ子は次第にそわそわして・・・  本を読んでいる僕に途中で声をかけてきた。 「おにいちゃんは、なんで勉強してるの?」 「弁護士になる為だよ」 「やっぱりそうなんだ。じゃあ止めた方がいいよ」 「どうして?」 「あのね、弁護士は地獄に落ちるんだって」  

時雨れる心の在りか #5<終>

今となっては もう 時雨降って 空も銀杏も紅葉も色を失い 枯れ落ちるように わたしの想いも 古くなってしまったの だから あなたの言の葉も すっかり色変わりして しまったのでしょうね <古今和歌集782参考> *** 彼は帰国をすると サークルのオフ会や 幕張で行われるゲームイベントなどにも たびたび都合を合わせて来てくれた 「この間、凛華とUSJ行った時に300万使ってさぁ」 「うちは成人のお祝いで1000万貰えるんだけど、  弟はそれで外車買いやがってな」

時雨れる心の在りか #4

仮想世界の常識は 現実世界では通用しない 魔法だって使えないし 生き返ることだってできない 世界が変われば その世界の常識の中でしか 生きてはいけないの *** 教室の中心には 本物のクラシックカーが横転していた そのクラシックカーは色とりどりの布で巻き付けられ バナナやらリンゴやら木材やらが 床に転がっている 常識じゃありえない光景だが ここでは当たり前に ”常識” なの 今月の必修課題はこのクラシックカーの「デッサン」 サイズも使用画材も自由 わたしは自分

時雨れる心の在りか #2

現実のわたしが使う名前で わたしを呼んで 現実であなたが使う名前で あなたを呼びたい 本当の名前で 呼び合える日が 来ればよかったのに *** >> ゆりちゃん、レベル上げに行こうぜ 彼からはたびたびパーティーのお誘いを受けた もちろん彼女もいっしょに 彼らにとってわたしは一緒に遊ぶのに 非常に都合が良かったからだ なぜなら >> 彼氏も連れて来いよ そう、当時わたしも同じサークルの冒険者と 現実でお付き合いを始めたばかりだったから プレイヤーが4人集まれ

【小説】花は今年も

「社長、一瞬いいっすか?」 「どうぞ」 「あのですね」 「はい、終わり」  話を遮られた横山は苦笑いを浮かべた。 「一瞬なんだろ?」 「いやあ社長、意地が悪いなあ」 「言葉は正しく使おう。で、何かな?」 「あのですね」  口癖のような切り出しに続けて、横山は娘のことを尋ねてきた。昨日偶然、駅の改札口で見掛けたらしい。 「心配になったんで呼び止めたんです。そしたら、一人で静岡まで行くって言うからびっくりして」 「もう五年生だからね。しっかりしてきたよ」 「いや、まだ五年生っすよ

【小説】ある冒険の序章

 石の中で眠る四十六億年前の記憶と宇宙の波動。それは火(か)と水(み)を絡ませながら降りてきた神であり、古今東西を問わぬ神秘でもあり、鉄の文明の元にもなった・・・  そう、隕石である。人類が始めて手にした鉄であり、鉄を多く含むものを隕鉄と呼ぶ。その発見が人類史上最大の発明の一つ、製鉄に繋がった。古から隕鉄で創られたものは御神体として崇められ、祭祀に用いられたと思しき鉄器が世界各地で出土している。即ち石は、時として歴史になる。姿形を変えながら、今ここに至った道筋を我々に伝えてく

【小説】推しは浮気を許容する

 ある日突然、家賃と光熱費などを折半する同居人が “中退” を宣言した。 「実は最近、付き合い始めた彼女がいるんだよ。だから正直言うと、もう今までみたいに活動できない」  なんたる腑抜け野郎か。推しが卒業するまでと誓い合った覚悟を忘れたのか。僕は内心、めらめらと激怒した。 「そっか。良かったな」  表面上はにこにこと承諾した。喧嘩のできない気弱な性格が幸いしたと言える。怒りを露わにすれば、嫉妬しているようで恥をかく。  翌日から新しい同居人を探したが、やはりルームシェアは煩

【小説】暮れ鏡

 父は愛人の家で死んだ。  僕は狼狽する女から電話を受けた後、その事実をひた隠そうと雨の中を奔走し、群がるマスコミどもを欺いた。残された一族のため、そして何より母の名誉を守るために、許しがたい父を最後に助けた。  長男の家で死んだと。妻も黙って協力してくれた。  時代が今であれば、とても隠しておくことなど出来なかった。  あれから二十年の時が流れ、一族はかつての輝きを失いつつあるが、悲しいかな、僕は未だに七光りと言われるほど、不本意に父の余光を集めてしまっている。 「お父

【小説】報復は週明けに

 ブラインドの隙間から窓の外を見ると、夏休みを迎えたと思しき男の子が、プラスチックバットを刀のように背負い、車道の脇を自転車で走っていた。その後ろを遅れてやってきたのは、弟に違いない。黒いノースリーブシャツに白い短パンという、上下お揃いの格好だった。 「学さん」  呼ばれてオフィスに向き直った。長身で猫背の海斗くんが、ひょこひょこと近寄ってきた。 「この人知ってますか? 一つ年上で、同じ高校みたいですよ」  差し出された名刺には、高校時代のサッカー部で大層 “かわいがってくれ

【小説】同乗者の実体

 タケは見かけによらず怖がり屋だった。  一緒に行った花火大会の帰り道で、脇から飛び出してきた猫に野太い悲鳴を上げた。つい笑ってしまった。猫だよ、と伝えると、タケは恥ずかしそうに、こういう暗い道が駄目なんだよ、と言った。  意外に可愛いな、と思い、その一件で別れることはなかったけれど、結局お付き合いは長く続かなかった。  そんな彼とSNSを通じて再会したのは、大学三年の夏だった。 「味は最高の店なんだけど、薄気味悪い場所にあるんだよ。しかも夜しかやってなくて、一人で行くの

落雁

細く白い指が線香を摘む 蝋燭の火が横顔を仄かに染める 辺りを襲った俄雨の跡が 湿濡るうなじをつうと伝う 「急な雨でしたので 家寄りのようなことです すぐ去きますので」 蒸し風呂のような部屋で 私は汗をおさえる 格子戸の隙間から僅かに差し入る 夕前の明り 村太鼓と笛の音 「もう何年も だれも来て居らぬのですよ」 此の頃の人気無い和室の 畳の湿りを吸う上げたように 気怠い夫人の声は 発した傍から 腐り始める 「珈琲でも、お持ちしましょう」 夫人はそう残し席を立つ 盆