ディアナの娘達 阿比編 第一章 老梅 同じ顔をした女性達の物語
白い。
視界の全ては網膜が焼き切れるほどに純白だ。
かろうじて浮き上がった遠くの陰影は、連なる山脈の境目か。
しかし舞い上がる風雪が、まるで女の使う白粉のように、ちらちらと執拗にまとわりつき貴女を確かめようとする私を晦ます。
白は、外界の限りも私の脳の芯までも容赦無く焼き尽くすほどに凶暴だ。
陽光は、頭頂はるか高くから一面しろがねの山肌にふり注ぎ、気が触れたように乱反射を撃ちつづけ、刻も場所も混乱させている。
このため、面々と連なる山脈の稜線も空も天地の遠近を失ってしまったようだ。
白とは、なんと恐ろしい色なのか。
しかし私はその光景の中に埋もれまいともがく。
凍てつく外界に長くさらされ、私の身体はかじけきり、手足の指先が脈打つように痛む気もするが、今はまだ動く。
細め切る目を必死にこらし、散り散りに吹き飛びそうな意識をかき集め私は貴女を追う。
狂白の世界の雪地の上に
ぼたぼたと
紅い華を落としつつ
歩みつづける一躯の老梅の精霊は
向かい風に九十九髪を舞わせ
山の頂を目指す
曲がった身体の貴女の皮膚は
絶えず崩れてはがれ落ち
腐肉と紅血で禍々しく白雪を汚しゆく
最後まで視ると決めた私はその禍を追う
どのような姿であろうとも
見たい者と見たくない者の前に現れる
私達は---
己の重みで沈む雪を私はひたすら掻いて進む。
白粉の風は荒々しくはなくとも老梅の枯れ身を揺らすには十分で、支えねば倒れると私は急ぐが、どうしても二人の間は縮まらないのだ。
その時。
ひと際、強く吹いた向い風に揺すぶられ、
身をよじった老梅は肩ごしに私の姿を認めた。
どろりと黒紅に濁った眼球。
私たちが共に持つ、濃い栗色の瞳はもうない。私たちが共に持つ、白磁の肌も黒絹の髪も。
老梅はふたたび私に背を向けると大きく大きく息を吸い、まるで山々を従える王女のごとく、しわがれた喉を震わせて倍音の嘶きを白の世界に響かせた。
「ーーーーーーーーーーーーー」
もはや人の声ではない。
広がる倍音の波はこの世の果てまで容易に浸透していく勢いだ。
やがて、共振を始めた山々が地響きをともない大振りに震えて雪崩れた。
足もとに、みずからの紅い花を敷きつめた老梅は凄まじき白の濁流にその身を呑ませ切きり、己の終いを遂げたのだった。
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