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「真実と正義の来訪者」

 はい、これから私が話すことは私自身の意思で、嘘や誇張は一切しません。あの空の星に誓ってです。始めてください。人間としての名は伴(ばん) サトルです。肉体年齢は地球暦で31歳、定職には就いていません。家族はいません。妻と子供がいましたが別れました。今は独り身です。いや、正確には二人なんですが。はい、はい、順を追って話しますよ。

 スカイツリーによじ登った理由ですか? そんなの決まってるでしょう、太陽ですよ。太陽エネルギーを吸収していたんです。……オカルト? スピリチュアル? まさか、私はいたって正気ですよ。いえ、私が日の光を必要としているわけではありません。私の友人の方です。██████と言うんですけどね、彼は私と肉体を共有しているのですが、彼は人間の食事ではなく日の光をエネルギー源にしているんです。彼を支える太陽エネルギーは地球上では急激に消耗するので、少しでも太陽に近いところへ行ってエネルギーを補給していたんですよ。それをねえ、あなた達が突然割り込んでくるんですから何もかも滅茶苦茶ですよ。当然、犯罪だとは分かっています。でもね、私がスカイツリーに登ったのは今日が初めてじゃないんですよ。██████には特別な力が宿っているんです。テレポーテーションにサイコキネシス、テレパスに記憶操作。それらの力で”なかったこと”にしてもらってましたからね。残念ながら今回、彼はまだ回復しきらずに休眠状態のままだったので、こうやって何もできずに捕まってしまったわけですが。

 一から話せばいいんでしょう。話しますよ、そうしないと分かってもらえないことぐらい承知してます。あれはちょうど1年くらい前のある日のことです。当時の妻にね、あなた、やたらと寝言が多いんだけど、と言われまして。自分では全く自覚がなかったんですけど、寝言にしてはやけに明瞭に喋るそうで、やれ「平和の危機だ」とか「目覚めねばならない」とか、そういうふうなことを言っていたらしいんですよ。はじめはまさかと思って取り合わなかったんですが、寝言だけじゃなくて眠っているのに起き上がってウロウロと歩き始めるようになったんです。はい、夢遊病ってやつです。ふと目が覚めると、夜の街に突っ立ってることがたびたびありました。しかもご丁寧に部屋着からスーツに着替えて外出してて。いくら夢遊病っていってもシャツに袖を通してボタンまでとめるなんて聞いたこともない。妻が身支度をしている私に気づいて声をかけても全然反応がなく、回り込んで顔をのぞき込んだらはっきりと目を開いて、瞳がギラギラ光ってるって言うんです。

 流石に私もこれはただ事じゃないと思って医者にかかったんですけど、先生方も原因がさっぱり分からないと言うし、薬を処方されても一向に良くならない。妻も気味悪がって別々の部屋で寝るようになりました。まあ、今となってはどうでもいいことですが。ともかく、当時の私は途方に暮れていて、何とかしなければならんと思ったわけです。そこで一度床に胡座をかいて寝ずの番をやったんですよ。するとね、深夜を回ったあたりで目の奥から何か、ピカピカした光が出始めたんです。嘘じゃありませんよ、鏡に映り込んだ自分の顔を見たんです。妻の言った通り本当にギラギラ目が光って。次に、どこからともなく声が、聞こえてくるんです。「危機が迫っている」「使命を忘れるな」ってね。始めは唐突で要領を得ない言葉だったんですが、次第にはっきりと、詳細に聞こえるようになりまして、いや、聞こえるというより頭の中に流れ込んでくる感じですね。それで、その頭の中の同居人からポツリ、ポツリと話を聞いてやることにしました。

 彼は自身のことを宇宙特別捜査隊恒点観測員第415号と名乗りました。何でも彼の星では個体差というものがほとんどなく、お互いを番号で呼び合ってるようなんです。さすがに番号で呼ぶのも味気ないし、名無しの権兵衛じゃあかわいそうなので、██████という名前を彼に付けてやりました。彼は地球の、特に人間という生き物が妙に気に入ったらしく、私が夜中徘徊していたのも彼が私の体にこっそり入り込んでそこら中を見て回ってたのが真相でした。
 彼は、私がただの人間のまま一生を終えるのなら思い描くことすらないような、信じられないものを見せてくれました。大マゼラン星雲に集結する宇宙艦隊。暗黒宇宙を瞬時に照らし深き宇宙の者を瞬時に焼き払ったプラズマスパーク。そして██████が生まれた███の想像を絶する文明……何万年とも思えるようなひと時は、しかし実際には1秒にも及びませんでした。その瞬く間の奇跡的体験を経て、私は己の使命を自覚したのです。

 厳密に言うと、今の私は伴 サトルという人間でも、宇宙特別捜査隊恒点観測員第415号でもありません。我々は精神合一を果たし、██████としてこの星から宇宙の平和を守る活動をしているのです。この爆発的に膨張を続ける宇宙(マクロコスモス)にはいつ何時我ら生命を脅かす事象や存在が現れてもおかしくないのです。宇宙怪獣や悪性知的生命の襲来、超大質量ブラックホールの急激な肥大化……我々のいるこの局所銀河群だって他人事ではありません。私たちは知的生命体のいる惑星から惑星へ渡り、未曽有の危機に備え、こうして同志を募っているのです。特にこの地球という惑星は非常に早いペースで文明を築き上げ、宇宙に向けて幾度もメッセージを送っていることからも、惑星外の知的生命体に強い関心を持っていることは分かっていました。

 ……え? 中断? どうしてですか? 精神鑑定? まさか、私が精神に異常をきたしていると疑っているんですか。確かにあなた方にはまだ実感がないことだとは思います。ええ、私は極めて冷静であり、お話ししたことは全て真実です。ほら、供述調書、渡してください。著名しますよ。

(以上、取調室の録画データより地球外知的生命体と遭遇したとみられる男の供述の文字起こしを行った。一部不明瞭な言葉は伏字とする)



 二人の警察官に挟まれながら、男は取り調べ室を後にした。一度留置場へ戻され、鑑定留置を受ける手筈らしい。しかし男の表情はあっけからんとしていた。

 この程度の警備など、男にとってはないものも同然だった。超常の能力が使用できなくとも、男は██████と精神合一したことで常人よりも遥かに優れた身体制御と肉体技能、何気ない動作や身振りから対象の背景を瞬時に見抜く観察眼、そして知的生物としては規格外に強化された知性と思考速度を手に入れたのだ。

 男は既に警察官が行動を起こすよりも先に無力化する手段を瞬時に五十七通り考え出していた。これ以上騒ぎになると面倒になると判断し、そのうち警察官を殺害する必要があるものと衣服を汚す可能性のあるものを除外する。残ったものの中で最も肉体的負荷がかからず警察官たちに後遺症が残らない手段を選び、第一プロセスを実行しようとした瞬間、男はある種の放射線を感知した。

「おい、やけに外が明るいな」
「なんだ? 空に何か浮かんでるぞ……文字? 記号?」
「おい、何かこっちに向かって飛んできてないか、あれ」
「そんな馬鹿な、何だ、早、ぶつか――」

 警察官の悲鳴は一瞬で轟音と凄まじい閃光と粉塵で塗り潰された。

『久しぶりだな、宇宙特別捜査隊恒点観測員第415号』
「████、……?」

 男は訝しんだ。言語圧縮の思念波に暗号化プロトコルが仕組まれている。男と、そして████の特定事項について周囲一帯の記憶改竄処置を施すものだ。███の観測員が現地調査を行う際に自身の痕跡を残さないための常套手段だが、同族間では波形を調律し無効化するのが規則となっている。それが男に対して効果を及ぼしているということは……。

『私は、私の使命を全うするためにここにやってきた。つまり、君を宇宙特別捜査隊から永久に追放することを告知する。観測対象惑星に対する重大な違反容疑としてだ』
『……なんですって。そんな馬鹿な』

 男は即座に思念波による意思疎通に適応する。

『恒点観測員の観測対象の惑星に対する裁量について、███が介入することは不可能だ』
『エントロピー値が上昇しているぞ。出力系が不安定になっている。その様子を見ると、本当に人間と同化してしまったのだな』

 ████は超然としたまま、男に向けて思念を飛ばす。男は放射エネルギーの微細な揺らぎを、████は血脈、瞳孔のパターンや神経伝達物質の流れからお互いをバイオフィードバックすることで、人間よりも遥かに造詣の深いコミュニケーションがを成立させていた。

『宇宙の平和を守る傍らで我々の同胞足りえる知的生命を探しているのは君も知っている筈だ。この惑星の人間という種族は、我ら同様█████への高みへ到達する可能性がある。皮肉にも君との合一によって確信が得られたのだ。しかし、彼らはまだ幼く、感情という不安定要素を律することができない。何かしらの外的要因によって容易に文明が瓦解する恐れがある。故に、彼らの社会に破綻をきたす可能性を一切排除しなければならない。現段階で最も懸念される要因は、君だ。君はこの星で何をしでかそうとしている? これは尋問ではない。最後通牒だ』

 膨張を続ける宇宙の、際限なく増殖するエントロピーが流れ込むワームホールに精神意識からアクセス、多次元宇宙を経由しながら精神エネルギーに変換し、肉体をワームホールの出口と定義することで物理現象として出力する。それが男の超常能力の正体であった。人間は未だ多次元宇宙を跨ぐ科学文明にたどり着いていない。男が自身の正体を明かせば、この惑星の文明には間違いなくブレイクスルーが起こる。

『しかし、人間はその技術を扱うには精神が未熟だ。彼らはきっと同族間戦争に多次元技術を用い、自らを滅ぼすこととなるだろう。これは特例措置である。悪く思わないでくれ、415号。いや、この星では██████と呼ぶべきか』

 男の思考は全て████に看破されている。文明開拓の促進、外宇宙脅威への防衛、異星人間交流の福音……いずれも説得材料とするには星刻が不足している。ただひとつ、男の宇宙平和への思いは本物だということだけが████は理解を示している。男のやり方が███の方針から逸脱していることを指摘しながら。

 男は████を睨んだ。もはや提議は聞き入れられず、両者が歩み寄る余地はないと分かった。████が発する莫大な放射エネルギーによって男の超常人格は既に覚醒している。男と████が敵対的関係に変化することに言葉は不要だった。お互いの発する放射線のストレス値の上昇のみが破局の現実化を証明した。

 男は攻勢放射を████へ向けて照射する。████は直ちに反応し、精神障壁を展開、男の発する放射線の反転解析を試みる。男の背後の壁面に、二度と光を離さない死の影が色濃く残る。一般の人間であれば瞬時に精神汚染され自我が崩壊する攻勢放射を受けてなお、████の精神圧は減衰しない。
 しかし、攻勢放射を浴びせかけられている限り、████はマイナスに乗算した反転放射で抵抗し続けるだろう。そうやって放射可能限界まで耐えきるつもりだ。確かに男は██████と融合を果たしたのと引き換えにエネルギーの消耗が著しく、この攻勢も長くはない。だが、そこに付け入る隙がある。

 男は攻勢放射の中に████に同調する放射線を忍ばせていた。████の波長と同期するこの放射線は微量では何の変化ももたらさないが、████が放つ反転放射が一定量を越えた瞬間に爆発的なネゲントロピーを促すようコーディネイトされている。
 これによって████を不安定化させ、精神障壁をかき乱す。そうなれば後はたやすいことだ。穴だらけの精神障壁を掻い潜り████の定義情報を削除、あるいは改ざんすることで彼の自己同一性を崩壊させ完全に無力化するか、ワームホールを介して多次元宇宙の狭間へ幽閉してもいい。

 ████の反転放射が閾値を超える。瞬間、急激なネゲントロピーが████を襲った。精神障壁が乱れ、攻勢放射に晒される。男は剥き出しの████の精神体に自壊プロトコルを入力し、同時に無限ループを構築したワームホールへと████を送り込む。████の放射エネルギーが消失し、男の危機回避行動は完了した。

 倒れている警察官は気を失っているが肉体的、精神的損傷は一切ない。男と████を切り結んでいた放射エネルギーは最小限の影響で留められ、余剰の放射線は衝突と同時に多次元宇宙へと送り込まれている。危機は去った。地球の平和は守られたのだ。そして男は████との邂逅を経て、更なる高みへ登ったことを自覚した。男は空に向かって笑みを投射した。

 投射した笑みはしかし、空ではなく再び出現した████の放射エネルギーが受け止めた。男の顔が凍り付く。

『見事なものだ、██████よ』

 一切の減衰を感じさせず、████は男の前に舞い戻った。局所的に発生したオーロラが、空に人型の輪郭を炙り出している。

『人間は他の知的生物に比べて我々の祖先に近しい種族だ。君が彼らの肉体に居心地の良さを見出すのも無理はない。しかし、所詮は原因から結果まで単一の思考性しか持てない低次元生命でしかない。私の再来もこの惑星に降り注ぐ太陽光のように自明なものでしかない。つまるところ、君は退行したのだ。退行した生命に我々が後れを取る道理はない』
『自壊プロトコルは完璧に機能していた。なぜ定義情報が修復されている』
『生命が減衰したのなら補えば良い。熱力学的膨張のみが我々にエネルギーをもたらすのではない。多次元宇宙にわたって自己組織化を行い、再度単一宇宙に帰還することで私は余剰エネルギーを回収しつつプロトコルを入力される以前の情報体へ遡行できる。つまり、命の再生産だ』
『どうやって無限ループのワームホールを脱出した。あれには自己交差が存在しない。抜け穴などないのだ』
『情報保存された座標位置へ飛び続けただけだ。君の前に現れたこの現在の私は、以前の私の来訪より主観時間で八十七万光年が経過している。年月の経過など、肉体を捨て去った我々には無用の概念だと知っているだろう』

 つまり、強引に突破したというのか。途方もない時間をかけてひとつひとつ総当たりで暗号キーを確かめるようなものだ。
 万策は尽きた。男は放射エネルギーの洗礼に備えて反転放射を構築し、精神障壁を張り巡らせる。せめて肉体の破壊だけは防がなければ――。

『刑罰を宣告する。今日この瞬間より、観測員第415号由来の超常能力は全て没収する』

████は男に向けて手をかざした。それで、終わりであることを理解した。

「ア、ア、ア、ア」

 男は自身の体から半身が引き裂かれるような感覚を味わった。同時に、聴覚、視覚、触覚、ありとあらゆる感覚が減衰した。思考が鈍り、全身に漲っていた全能感が希釈されてゆく。男は恐怖した。

『刑罰は完了した。どこへでもいくがいい、人間よ』
「そんな! これでは宇宙の平和を守るどころか、これからどうやって生きていけばいいのかわからない!」

 男はその場に崩れ落ち、目の前の存在に乞うた。言葉は思念波の体を成さず、████はもはや薄ぼんやりと発光する灯りのようにしか感じられなかった。

『残念ながらそれは無理だ。この惑星から████████ことが君に課せられた██な██だ。そして、人間たちに███████るのだ。█████から迫りくる██について』

超然とした声が遠ざかってゆく。思念が、言葉が、知識が喪われてゆく。

『██だ、███よ。さあ、私と████████ろう、███号よ』
「お願いだ、彼を、██████を返してくれ、返してくれ、返してくれ!」


(終わりです)


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