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空に喰らう大鯱

逆上した大回転(だいかいてん)を、ひと噴射の推力でいなした正体不明の航空力士は、アフターバーナーの勢いそのままの大回転の背後を容易に取り、土俵空域から弾き出した。送り出しだ。

その手には鮮やかな前垂れが握りしめられている。大回転のものだ。あのたった一度のぶつかり合いで、廻しから毟り取ったのだ。予期せぬ領空侵犯力士の蛮行に、ツェッペリン観客席では、神聖なアクロバット取組を妨害したと怒号が飛び交い、制御不能に陥りきりもみ落下する大回転を見て悲鳴が上がるなど、阿鼻叫喚の様相だ。

行司管制塔からも、相撲部屋識別信号は確認できていない。パラシュートで緊急脱出した大回転が救助艇に回収されるのを確認すると、鮮やかなバレルロールを決め、8000フィート上空を旋回飛行している不明力士を睨みながら、力士飛行隊を率いる蒼螺旋(あおらせん)は、隊下の天地無用(てんちむよう)、対抗風(むかいかぜ)、宙返り(ちゅうがえり)、双刃(ふたつやいば)に指示を出す。

突然の領空侵犯力士に一時は動揺するも、残された航空力士たちはすぐさま編隊を組み直し、トレイル隊形で空域中心へ向かう。航空力士の廻しからスモークが吐き出され、瞬時にデルタ隊形へ移行する。チェンジオーバーターンだ。摺り足姿勢のまま扇状編隊に立合い変化した力士の後を追って、一直線に並んだ五色の煙は翼を広げるように展開した。先頭を飛ぶ蒼螺旋がバーティカルクライムロールで不明力士に追いつき、部下たちが取り囲んで拿捕する。そういう手筈だ。

しかし、蒼螺旋は、このどことも知らぬ場所より飛び来った航空力士を見て、誰よりも激しく動揺していた。なぜなら、廻しに描かれた獰猛な牙に『Killer Whale』のノーズアートは、あまりに危険なアクロバット飛行を咎められ、航空相撲部屋を飛び出したかつての同門、沖ノ神(れぷんかむい)のもの寸分違わなかったからだ。


【続かない】

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