【短編】絵の気持ち

少し前の思い出。
惹かれる理由はなんだっけ。
前に進んで、後ろを見たら。
どこかに答えがあるかもね。

俺はある人が好きだ。
クラスでそんなに目立ってないのに、俺はその人から目を離せない。
仲間と誰がクラスで1番可愛いかという話題になると、陸上部のあの子や吹奏楽のポニーテールの子。
その辺りが話題になる。

そして1人の女子の話題になり
「あいつは目がキツいから無いな〜」
他の仲間が口に出し、周りも賛同する。

でも俺にはあの透き通った目、冷たい中に優しさが垣間見えるあの目にすごい惹かれていた。

俺が片桐かたぎり 郁いくと出会ったのは高校2年の時だった。
クラス替えで同じクラスになっただけでそんなに気にしていない、というかその時の俺は全く気にもならなかった。
勉強もそこそこ出来たし、スポーツも人並み以上にこなせる。
彼女も可愛いという青春を謳歌していた。

クラスでいつも仲間と騒いでいると、いつも窓際で本を読む片桐が目に入った。
白い肌、黒い髪
そのコントラストが余計に映えて目に映る。

「お前どこ見てんだ?」
友達に言われ、少し声を上擦りながら今日の雲は綺麗だ、と答えると友達は詩人気取りかよ、と肩を叩く。
その時片桐の視線を感じたような気がした。

部活も終えて部室で着替えを済ませ、部室の外で友達を待っていると二階の廊下を片桐が歩いているのが見えた。
自然と目で追ってしまう。

部活は何をしているだろうか?
どんなものが好きなんだろう?
一度気になると興味が止まらない
これは俺の悪い癖だ。

片桐の行動を目で追っていると図書室に向かっているのがわかった。
気づけば俺も図書室に向かっていた。
部活も終わって校舎も朱から黒に染まっていく中、図書室に入るだけで緊張する俺がいる。
不審者では無いのに不審な行動を取ってないか気になるのは誰でも思うことだろう。

ガラッ

中には片桐しかいないみたいで、片桐は大きな本を開きながら勉強している様だった。

「えっと、片桐だよな」
片桐ってわかってるのに白々しい演技で声をかけた。

「あざみだよね、こんな時間になんか用事でもあった?」

ドキッとした、片桐が俺の名前を覚えているなんて思いもしないことにパニックになる。
今回のクラスになるまで一緒のクラスになることもなかったし、同じクラスになっても話したこともなかった。

「もう結構遅いけど帰らんの?」
緊張を隠し平静に対応した、と思う。
「先生にお願いして、先生が帰るまで図書室使わせてもらってるの」
ノートの上で動く手を止めず喋る片桐はどことなく綺麗に見えた。

「俺ってば、これから用事あんだけど時間が空いてるから図書室で本読んでもいいかな?」
片桐は俺の問いにフフッ、と笑いながらいいよと答えて見せた。

なんで片桐に惹かれるのだろう
彼女といるのも楽しいけど片桐を知りたいという欲が止まらない
何を話しかけたらいいのだろうか
そんなことを思いながらよくわからない小説を読むことにする。

「あざみは小説好きなの?」
片桐が少し手を止めて問いかける
「まぁ…ね」
頭に入らない小説のページをめくり、生返事で答える。
ふぅんという興味のあるんだか無いんだかわからない返事で会話が途切れ、片桐の手がまたノートの上で踊り出した。

片桐はさっきから俺の下の名前で呼ぶのが不思議で仕方ないんだけど嫌な気分もしない。

特に用事なんてないのにずっといると迷惑かと思い今日は帰ることにした。
「そろそろ行くわ」
手を振り図書室を後にし、それに対して片桐も軽く手を振った。

家に帰り全て済ませて部屋に戻った
ベッドで天井を見上げ考えていた。
そしてスマホを操作して
「明日、会おう」
そう送ると、そのまま電気を消して目を閉じた。

「もう別れよう」
学校の帰り道、俺は彼女に告げる。

彼女のことは好きだったが、その好きは友達の延長でしかない事に気付いていた
一緒にいて楽しいのは事実だし、仲間と一緒に騒ぐ事に抵抗のない彼女はとてもいいやつだと思う。
でも俺は彼女と付き合っている理由が恋人がいるという自分に酔っているという事にも気付いてしまった。

何故そう考える事になったのか、それは片桐の事も少なからず関係していたんだと思う
勉強をする片桐を見ているといろいろと考えさせられるからだ。

俺は昨夜ベッドで考えていた。
俺は何故彼女と付き合っているのか
好きだからと言う理由も間違っていない
何故なんだろう

俺は美術館巡りが好きだった
モネ、レンブラント、セザンヌと色々な絵を見て色々感じて来たつもりだった。

ある日ルーベンスの版画展を見に行った時、絵を見て涙を流す人がいた。
その横で俺は気付いたんだ。

俺は美術館に来て、絵を見ている自分に酔っているだけなんだ、と。

その時から色々な絵を見るたびに何も感じていない自分に気づくようになって絵を見るのをやめた。
実際そこまで絵に興味はなかった。

そんなことを思い出していた。
彼女のこともそうだったのだ
恋人がいる自分に酔っていただけだったのだ。

目の前で泣きながら、なんで?と何回も俺に問いかける彼女に対して俺は「ごめん」としか言えなかった。

彼女と別れ、自分の帰り道の方を向いた時、自分の身勝手さで相手を傷つけた事に対してなのか、本当は別れたくなかったからなのか分からないが

少しだけ泣いた。

いつものように仲間と騒ぐ。
いつものように授業を受ける。
何もない毎日が過ぎていく中、俺の心は少しだけ揺れていた。

片桐を少し意識し始めたあの日から俺の心のどこか隅の方にムズムズする何かを感じているのだ。

ふと窓際を見るといつものように片桐が教科書に目を落としている。
たまに顔を軽く起こし、前を見る片桐の仕草が好きだった。

こうして片桐を少し見る程度で何も変わることのない毎日が過ぎていく。

また部活が終わり帰ろうとした時、片桐が図書室に入っていくのが見えた。
当然俺も図書室に足を運んだ。

「よっ、片桐。また勉強か?」
内心、心臓爆発寸前の状態で軽く聞こえるように声をかけた。

「今度は戸を開けた時に声をかけた方が自然に見えるよ」
と片桐はフフッと口角を持ち上げながら答えた。

こっちが声をかけるタイミングを見計らっていたのがバレてたみたいで緊張したけど負けず嫌いなので、片桐が俺に気付いた時点で声かけてくれたらいいんだよと伝えると。
片桐は「私は勉強してるだけだから用事はないもの」と答え、俺は目が泳いだ。

「片桐はなんでそんなに勉強してるんだ?」
素直な質問をぶつける。

「人の心ってどのくらい理解できると思う?」
片桐は、質問を質問で返してきた。

俺はよく分からず片桐の口が開くのを待つことにする。

「人の心って同じ場所に立ってみないとその人の心を理解するための扉が開かないんだよ。だからね、私は勉強をして勉強のできる人の気持ちを理解したいの、だから勉強してる。勉強できない人の気持ちは去年経験したから」
ノートの上で忙しなく動くペンを止めて片桐は少し顔を起こし俺に言った。

「な、るほど」
一気に言われ全然理解できなかったがとりあえず、なるほどと答えるしかなかった。
その言葉を聞いた片桐はまた少し口角を持ち上げてペンを踊らせ始めた。

時計の音とペンの走る音を聞きながら、さっきの片桐の言葉を思い出していた。

勉強ができる人の気持ちってのは俺にはよく分からない。
俺はもともと授業を聞いていればなんとなくテストで平均点を取り、それで満足していた。
でも勉強ができる人はテストの時どんな気持ちなんだろう、少しでも出来ない問題があると悔しいのだろうか、それとも出来ない問題なんてないのだろうか。

勉強ができない人の気持ちは俺にもわかる。
中学の時骨折で入院した時、勉強が遅れて必死に頑張ったけどテストは散々だった。
友達には言い訳をして笑ってたけど悔しかった。

何度か片桐の言葉を咀嚼して理解する。

「片桐は人の気持ち理解してどうすんだ?」
この問いに片桐は食い気味に答えた
「私は臨床心理士になりたいの。それで学校や病院でいろんな人を理解して助けてあげたいんだ」
片桐は顔を起こし俺の目を見つめて言った。

その目はとても凛として優しい目をしていた。
俺はまた何も言えなくなった。
真剣に夢を追いかけ、その夢を俺に教えてくれたこと
夢なんて考えたことも無く、同じ年の同級生が真剣に未来を考えて行動すること
その二つ、嬉しさと不甲斐なさが混じり合って言葉が出なかった。

ノートに目を落とし勉強を再開する片桐を見て、ある記憶が脳をよぎった。

なんだったかな
確か綺麗な何かだった気がするんだ
まだ俺が中学の時だった気がする

社会科見学で美術館に行った時だった。

まだ、美術館巡りをする前で全然わけもわからず友達とふざけていたんだ。
でも先生に怒られて渋々美術館の中を見て回ってると、1枚の絵に惹かれた。

その絵はとても可愛い少女の絵で瞳が透き通るような青い色をしていた。
ゾクっとするような冷たい青なのにあんなにも優しい目を描くなんてすごいと中学の頃に思った。

その絵は誰の絵だったかな・・・
そう思い、席を立ち。図書室の名画集などのコーナーで探す。
片桐は突然動き出した俺に少しビクッとしてたみたいだけど、すぐに大きな本に目を落としていた。

少し探して印象派の画家の本を見つけ、パラパラとページをめくっていく。
その本にその絵はあった。

オーギュスト・ルノワールの「可愛いイレーヌ」という作品だった。

その絵の写真を見た瞬間、思い出す。
俺が美術館巡りをしていたのはこの絵をもう一度見たかったからだったんだと。
いろんな美術館を見に行ってるうちに絵を見る自分に酔って、目的の絵を探すのを忘れてたんだ。

そして、片桐の少し顔を起こして前を見る目が似ていたんだ。
目の色は違えどその不思議な魅力に俺は惹かれた。
片桐を見るたびに気になっていた理由に気づけた。
だがもう俺は片桐のことが好きなんだ。
これはもう絵に雰囲気が似てるとか、目がどうとかでは無く、片桐の夢にひたむきな姿とか口調、性格全てが好きなんだ。

でも俺にはまだ片桐に伝えられない。
今の俺は片桐の邪魔にしかならない。

高揚した胸を無理やり抑え、片桐のいるテーブルに戻った。

「なんかいい本でもあった?」
少し手を止めて片桐は聞いてくる。
まぁそこそこだね、と伝えながら、全然頭に入らない小説をまた読み始めた。

あの絵のような美しさはどうやったら表現できるんだろう?
また美術館巡りをしていたら答えは出るのだろうか?
考えていると片桐の言葉を思い出した。

「同じ場所に立ってみないと人の心を理解するための扉は開かない」

もう遅いかもしれない、でも行動せずにはいられないんだ。

片桐に「今日はもう帰るわ」と告げ、図書室を後にした。

それからの俺の行動はかなり早かった。
片桐と別れた後、駅前の本屋に行き、ルノワールの絵画集を買い、家に走る。

家に着き、ベッドで買ったばかりの本を隅から隅まで見た。

次の日学校に朝早く行き、教務室で先生の居場所を聞き、美術室へ足早に向かった。

友達と遊んでる時のワクワクとは全く違うワクワクを胸に美術室の戸を開ける。
中にはいつものように日向に座る先生の姿。

「おや、月島くんじゃないですか。おはようございます」
うちの美術の先生は随分年寄なんだけど生徒には人気があった。
その理由も授業に参加しなくても怒らないとかそんな程度の理由なんだけども

先生に挨拶をして本題に入る。
「先生、俺は絵を知りたいです。俺に絵を教えてください」
美術館巡りしていた程度で絵の勉強なんてした事もない。
センスもあるのかわからない。
でも絵を知りたくて仕方がなかったんだ。

先生は優しく微笑んで
「じゃあ、とりあえず今から一緒に描いてみますか」
と行って、奥の準備室に案内してくれた。
先生は白いキャンバスを2つ用意して俺の隣でニコニコしながら下書きを始めた。

わけもわからず白いキャンバスの前で戸惑う俺に先生は言う。
「何を迷うんです?迷うほど絵の勉強はしてないでしょう?子供の頃にクレヨンで落書きしたように好きなものを描いたらいいんです」
そう言って俺にクレヨンを握らせた。

クレヨンの油の匂いが懐かしくて、幼稚園の頃を思い出す。
サラサラした広告の裏にこれでもかと車や怪獣の絵を描いた事。

真っ白なキャンバスにクレヨンを立てた。
あとは1番描きたいものをキャンバスに描いた。
絵の勉強もしたことのない俺が描く絵は線もガタガタでとても観れたもんじゃなかった
でも先生は「いいですね、とても下手でいい。これは片桐さんですね。とてもいい表情をしてる」
と俺の描いた絵を理解して誰を描いたかも当てられて、俺の顔が真っ赤に染まるまで時間はかからなかった。

「月島くん、今日の放課後から毎日美術室に来てください。美術部に入るかは別として絵の勉強しましょう」
先生は歯がはっきり見えるほど笑顔で俺に言った。

そしていつも通り1日の授業。
いつもの窓際を見ると片桐が顔を少し起こし黒板を見る。
俺はその顔を見ると少し安心して授業に取り組む。

放課後、今までやっていた部活を辞めて美術室に向かう
美術部のみんなに挨拶をして、一緒に絵の勉強をさせて貰う。
自分で率先して絵を描くことなんて今までほとんどなかったのだ、うまく描けるはずもなく、それでも必死に鉛筆を紙に押し付ける。
そして美術部が帰る頃に俺も一緒に美術室を後にした。

そして図書室へ行き、片桐の居るテーブルに座り片桐に話しかける。

「俺さ、絵の勉強始めたんだ。部活もやめちった」
と笑いながら片桐に言うと
「いい笑顔だね、その笑顔結構好きだな。あざみは絵を描くの好きだと思ってたからちょうどいい」
と真っ直ぐ俺の目を見て言った。
その目はとても冷たく見えて、とてもとても優しい目をしていた。

少し片桐の気持ちがわかったような気がした。

頑張ってる人の気持ちというのは、できなくて悔しいとかではなく
できて嬉しいがものすごい強いんだと認識した。

この学校の美術の先生は昔画家だったとか、俺の描く絵はまだ全然下手なんだけどすごい楽しいだとか、勉強する片桐にたくさん話しかけた。
俺が絵の話をするたびに片桐は笑顔でうんうん、と目をそらすことなく受け止めてくれる。
「あざみは本当に絵が好きなんだね。私が見てただけの事はあるね」
と笑顔で答えた。

その日はそのまま片桐に絵の話をし続けて、俺だけが満足していたような気がする。
片桐は笑顔で聞いていてくれた。

そんな毎日が続き、必死に絵の勉強を続けた俺は先生に言われたんだ。
「月島くん、今度なにか賞に出してみませんか?」
まだ全然下手だと思っていた俺に先生が提案してきた。

コンクールなんて絶対無理だと思っていた。
絵のセンスなんてないんだと思っていた。
美術部のみんなが上手いと褒めてくれていたのはお世辞だと思っていた。

ルノワールの気持ちを少しでも理解したくて始めた絵の勉強は必死になったおかげで短期間にもかかわらずメキメキと上達した。

「俺、コンクールに出してみます。俺の絵がどのくらい上手くなったのか知ってみたいです」
昔の自分では考えられない言葉だった。

本当なら絵のモデルを片桐にしたかったのだが、まだ片桐を描く気になれなかったのである。
先生と一緒に描いたあの日以来片桐を描く気になれなかった。
本当に自分が納得できる腕になってから片桐にモデルをお願いしようと思っていた、それが何年かかろうとも。

結果的にコンクールには何気ない風景画を描くことにし、それは審査員特別賞を取った。

「自分の絵を認めてくれる人がいる」
それがわかっただけでも嬉しいはずなのにそんなに嬉しくはなかった。
絵は少しは上手くなれたんだと思うだけだった。

「月島くんはあまり嬉しそうじゃありませんね」
先生は心配そうに聞いてくる。

嬉しくないわけじゃない
審査員特別賞は実質1番いい賞なのだと先生に言い、今後絵の道に進むのであれば尚更とも言われた。

「初めてコンクールに出させてもらって、賞も取れて嬉しいんですけど俺の絵はまだ全然納得できる絵ではないんです。実際俺の絵がどれほど上手くなったのか知りたかったけどまだ上手くないこともわかってるんです・・・」
俺の中で答えが出なくて先生に上手く伝えられない。

「月島くんは認めてもらいたいんですね。まぁ誰とは言いませんが」
先生は優しく笑いかけてくれた。

俺は走っていつもの場所に足を向ける。

「片桐!俺の絵が審査員特別賞とったぞ!」
図書室の扉を勢いよく開けて片桐に言った。
片桐は扉の音でビックリしていたみたいだ。

「おめでとう!そろそろ私も話す頃合いかな」
「ん?」
「私はあざみの事が好きなんだ!」

突然の片桐からの告白に俺の思考は停止する。

「同じクラスになってからあざみの事を見ていたんだ、最初は興味だけだった。あざみは笑ってる時にいろんな笑顔をしていてすごく興味深かった」
畳み掛けるように片桐は言う。

ちょっとまってと片桐に伝え、俺は考えた。
俺は片桐の事が好きだった。
いつか自分が納得できる絵が描けたら想いを打ち明けようと思っていた。
しかし片桐から告白という事があり頭が混乱してしまっている。

片桐に返事をしなければ。

「ごめん、今はその告白に応える事ができない」
俺は断っていた。
片桐は時が止まったかのように驚いていた。

「私はあざみからの好意にも気付いてたんだ、気付いてから興味がだんだんと好きという感覚に変わっていった。すごく面白い感覚だったんだよ」
うん、うん。とうなづきながら聞いた。
俺は片桐に好意を寄せていたのも事実。
片桐とそういう仲になれるならすごく嬉しい。

でも

「片桐、俺は今絵を描く事でいっぱいいっぱいなんだ。片桐の事が好きで、色々考えて絵を描き始めた、片桐にはものすごく感謝してる」

「俺は片桐をモデルに絵を描きたくて今必死に絵の勉強をしてるんだ。俺が描きたいと思える腕になったら、また俺からも告白させて欲しい」

俺の夢が明確にわかった瞬間でもあった。

「さすがあざみだね。私が見てただけの事はある!まっててあげるとまでは言えないけど、すっごい楽しみにしてる」
片桐は見たことのないほどの笑顔で答える。

「私も夢を叶えるから、その時はよろしくね」
「まぁ俺の方が早く夢を叶えるだろうけどね」
俺は虚勢を張り、片桐も虚勢を張ってたんだと思う。

それからは2人が会う機会も少しずつ減っていった。
高校卒業後、片桐は大学へ進んだらしい。
俺は先生の紹介で美大に行き、画廊でアルバイトをしながら絵の勉強をしている。

納得できる絵が描けるのはいつになるのかわからないけど毎日少しずつ上達してる気がしてるのはゴールが近いからなのか遠いからなのか・・・

真っ白なキャンバスは今日は何色に染めようかな、
もうすぐ何色にでも染められそうだ。

数年が経ち

印象派の巨匠
「ルノワール展開催中」

俺は入り口でパンフレットを手に取りゆっくりと美術館を回る。

日本で初出展の絵画もたくさん来ているようで、たくさんの絵を見るたびに色々な衝撃を受けた。

終盤に差し掛かったところで一枚の絵があった。

「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」
可愛いイレーヌと呼ばれる絵だ

昔と変わらず美しく、冷たく青い瞳は優しくしっかりと前を見つめていた。

やっとわかったんだ。
ルノワールがどんな気持ちでこの絵を描いたのか・・・

そろそろ迎えに行く頃かな、とボソッと呟くと隣にいた女性が声をかけてきた。

「なかなか遅かったね。私の気持ちを理解できたか、絵に描いてみせてよ」
その女性は冷たくも、とても優しい目をしていた。


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