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夢予報

カーテンの隙間から差す朝日がチリチリと僕の     目頭を撫でる。
仕事と家を往復するだけの代わり映えのない毎日で、これといって熱中する趣味や友達も居ない。
仕事や恋愛もある程度は経験してスコッチウィスキーの美味しさも分かるようになった。

午前1時。誰からも連絡が来なくなり街も携帯も静まり返った頃、ポッカリと空いた心の穴を見つめるように天井を見上げている。
何もかもリビングに置き去りにしてきた。
思い残すことは無い、これから惰眠を貪る手筈だ。

アラームをかけるついでに携帯からアナウンスが聴こえた。

──夢予報をお伝えします。
今晩の夢はあなたの夢が叶う夢です

相変わらず当てにならない夢予報だ。
当たった試しもないし昨日は夢で取引先に怒鳴られているし
それに夢ってなんの事や?
そんなものは必要ない。
金さえあれば十分さ、金さえあれば。

窓の隙間風でピシャッと凍りついた空気が
徐々に体温を奪っていく。
この部屋で私が孤独である事を思い知らせる。
置き去りに出来なかった寂しさと失望がベッドにこべりつく。
頭から毛布を被る。
脳裏に浮かぶ罵声から耳を閉ざす為に。
もう二度と目を覚まさない為に。
30分良からぬ事を思案している内に疲れ果てて
全身麻酔にかかったようにフッと眠りに落ちた。

深夜5時、相変わらずいつも通り目が覚める。
明らかにいつもと違う風景。
見覚えがある…
僕はポケットに忍ばせていたタバコに火をつけた。
寝ぼけているせいか景色がボヤけているが此処は見知った公園だ。
坊主頭の如何にも野球少年の様な男が近づいて話しかけてきた。聞き覚えのある声だ。

?「うぃち!(筆者の中学生の頃のあだ名)
久しぶりやんけ、随分ゲッソリしてどないしたんや?お前煙草なんか吸うようになったんか」


間違いない、カズキだ。

カズキは中学の頃からの親友だった。
スポーツ万能で成績は中の上、幼い頃から野球をしていて彼の父は彼が通う少年野球チームの監督だった。
ギャグセンスが高くていつもふざけてばかりのムードメーカー的な存在だけど自分の夢を語ったり、野球をしている時の彼は世界一かっこよかった。
カズキを慕う誰もが彼の将来に期待を寄せていた。
しかし彼は成人式を迎える事も出来ずに20歳で白血病患ってこの世を去った。
最後に見たのはあの頃とは想像もつかないくらい痩せこけて真っ白になったカズキだった。

僕は戸惑いを隠せずたじろぎながら答えた。

「かずき!!!お前死んだんちゃうんか!生きてたなら連絡してくれよ…俺はずっとお前に会いたかったんや」


かずきは笑いながら僕を指差す。

「もう死んどるで〜(笑)
お前はお化けと話しとんねん!」


死人が話しかけて来るなんて
全くシャレにならない。

かずきは突然真剣な眼差しを向ける。

「せやけどお前ほんまにどないしたんや。めっちゃ顔色悪くて死にそうな顔してるぞ」


煙草の煙を燻りながら僕は答える。

「お前も人のこと言われへんって。」
……正直な話、もう俺はこの人生を終わらせようと思ってる。辛くて仕方がないねん」

かずきは優しく問いかける。
「あの日この公園でお前に言ったこと覚えてるか?」

僕は空を見上げながら言った。

「たった一言。絶対に死ぬな。って
そして次に会った時は病気を乗り越えて金を稼いで俺に飯を奢ってくれって。けれど乗り越えた先にお前は居らんかった」


しばらく沈黙が続いた。
静寂を破るように私は呟く。

「何度乗り越えたとしてもまた俺は死にたくなる。それでも…またもう一度明日を迎えたいと思う自分が愚かしい」

カズキが諭すように話しかける。

「お前は繊細すぎるねん。でも俺はもう死ぬななんて言わんよ、自分の命やからな。好きにしたらいいと思う。せやけどな、最後に聞く。お前のほんまにやりたい事はなんなんや?」

俯きながら私は答える

「俺は…音楽がやりたいし詩を書きたい。自分にしか持ってないものを言葉や音にしたかった。誰に届かなかったとしても」

語気を強めてカズキは言った。

「ならやってみーや!!それから死んでもええんちゃうか?お前の好きな音と言葉で。今のうぃちに俺は必要ないねん。ここまで乗り越えて来れたのはお前自身の力や。俺はまたお前に会いに来るよ。その時は見えへんかも知らへんけど俺はお前のことをいつまでも応援してるから。俺が叶えられへんかった夢を叶える姿を見に来るわ」

フッと顔を上げて「ありがとう」と言おうとした所で目が覚める。
枕がびしょ濡れになっている。この歳にもなって泣いていたのか。そうか、俺はカズキともう一度会うことが夢だったんだ。

朝6時。カーテンの隙間から朝日がチリチリと目頭を撫でる。
また仕事と家の往復で希望のない毎日だが、不思議と迷いは消えていた。

それからも相変わらず夢予報が当たることは無かったが夢を見るのが楽しみになった。

また今日もつまらない仕事と家事を終えて、何もかもをリビングに置き去りにしてベッドに飛び込む。

携帯からいつも通りアナウンスが聴こえる。

──夢予報をお伝えします。今晩の夢は親友と逢える夢です

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