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『心のナイアルラトテップ』終演

“I see it—coming here—hell-wind—titan blur—black wings—Yog-Sothoth save me—the three-lobed burning eye. . . .”

H.P.Lovecraft 『The Haunter of the Dark』

終わったのは日曜の夜でした。明日は平日ですので、主宰側を残し、ほとんどの座組は遅くまで劇場にはおらず、一人また一人と薊詩乃の視界から消えていくのです。

狂熱の冷めたブラックボックス。琥珀色のスープが儚く揺蕩う銀色の大きな鍋。もう誰も座る人のいないパイプ椅子。
薊詩乃はそれらを日常へ戻していく作業をしていったのでした。

それらをすべて終えた後で、薊詩乃が劇場から姿を消す時間がやって来ました──


物語が終わりました。

2023年12月15-17日で幕が上がっていた、るるいえのはこにわ 浮上『心のナイアルラトテップ』は、無事に千穐楽を終えることができました。

ご来場いただきました皆様、そして座組・当日スタッフの皆様、本当にお世話になりました。誠にありがとうございました。

登場人物達の抱えていた光と闇、希望と絶望、誠と嘘、そして圧倒的な存在への恐怖と諦観。

この物語は決して単純な話ではないかもしれませんが、それらを少しでも感じ取っていただけたら幸いです。

そうでなくとも、何か考えが絶えず逡巡するような体験、あるいは心が空っぽなのに重たさを感じるような経験をしていただけたのなら、それも喜ばしいことです。

「もう二度と観たくないけど次も観に行きたい」という目標が、どれだけ達成されたかは分かりませんが、終演後アンケートを拝見した限り、冷たく暗い影が落ちた方が多く見受けられましたので、その意味では良かったのではないかと思っています。

──

万人ウケするわけがない物語でした。
Not for me と言う人が居て当たり前でした。

「信頼できない語り手」物でした。
観客にショックを与えて当たり前でした。

文藝的な言い回しを多用しました。
ともすれば読み取りにくくなって当たり前でした。

この薊詩乃は、薊詩乃自身が吐き出した言葉や物語が「間違っていた」と思うことはありません。
けれどもだからといって、「もっと上手くやれた」と思わないことだってないのです。

薊詩乃はまだまだ上手くやれたはずでした。
稽古場運営においても、演出方面においても。

けれども少なからず成長したのではないかと自負しています。
一作目で迷惑を掛けてしまったこと。それで厳しい意見を貰ったこと。
今夏参加したワークショップで沢山失敗したこと。そこで打ちひしがれたこと。

その全てがなければ、私は、あのレベルまでも作り上げられなかったと思うのです。意見をくれた貴方や貴方に、心から感謝しています。

薊詩乃の不浄は止まりません。
世界を呪うことを止めることはできません。
また、次なる物語でまたお会いしましょう。


扉を開けて外へ。

蛍光灯で照らされ、眩しい視界の深夜0時。
薊詩乃は、その醜い口腔から吐き出る白煙を見るより早く、刺すような寒さを感じたのです。

あの劇場にとって、公演納めがこの物語でした。
薊詩乃は一度だけ振り返り、その後で、ゆっくりと劇場を後にしたのです。

片づけが終わったら 朝が来たら
僕らはどこに 向かうんだろう
それはね それはね 君がつぶやく
「それぞれの人生に戻るの」

馬鹿騒ぎはもう終わり/amazarashi

2023年12月18日 薊詩乃


『心のナイアルラトテップ』原案
『The Haunter of the Dark』著:H.P.Lovecraft
『さよならを教えて 〜comment te dire adieu〜』製作:CRAFTWORK
『serial experiments lain』製作:PIONEER LDC
※詳細は販売台本に記載

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